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マザーグース Fiddle-de-dee, Fiddle-de-dee

Nursery Rhymes

Fiddle-de-dee, Fiddle-de-dee, The Fly Has Married the Bumble Bee


Fiddle-de-dee, Fiddle-de-dee,
The fly has married the bumble bee.
Says the fly, says he,
"Will you marry me,
And live with me,
Sweet bumble bee?"

Says the bee, says she,
"I'll live under your wing,
And you'll never know
That I carry a sting."
Fiddle-de-dee, Fiddle-de-dee,
The fly has married the bumble bee.

So when the parson
Had joined the pair,
They both went out
To take the air,
Fiddle-de-dee, Fiddle-de-dee,
The fly has married the bumble bee.

And the flies did buzz,
And the bells did ring -
Did ever you hear
So merry a thing?
Fiddle-de-dee, Fiddle-de-dee,
The fly has married the bumble bee.

And then to think
That of all the flies
The humble bee
Should carry the prize.
Fiddle-de-dee, Fiddle-de-dee,
The fly has married the bumble bee.

 

フィドル・ディ・ディー、フィドル・ディ・ディー

蠅と丸花蜂が結婚するって

蠅は丸花蜂にプロポーズ

さあ、いっしょに暮そう

僕のかわいい丸花蜂

 

丸花蜂は蠅に云う

あなたと暮らして世話をする

物は試しね いきましょう

私を騙すと一刺しよ

 

馬鹿馬鹿しいったら馬鹿馬鹿しい

蠅と丸花蜂が結婚したって

 

彼らは教区の信徒になり

牧師さまに誓約すると

二人は外に飛び立った

馬鹿馬鹿しいったら馬鹿馬鹿しい

蠅と丸花蜂が結婚したのさ

 

チャペルの鐘が鳴り響く

すぐさまそれは広まった

めったに聞いたことがない

こんな可笑しい出来事を

馬鹿馬鹿しいったら馬鹿馬鹿しい

蠅と丸花蜂が結婚したよ

 

蠅の仲間は考えた

つつしみ深い蜂にご褒美を

馬鹿馬鹿しいったら馬鹿馬鹿しい

蠅と丸花蜂が結婚したよ

 

※訳は私(楓)でございますので、翻訳というより意訳です。無断転載はご遠慮くださいね。

 


楓の戯言


 

ルイス・キャロルも鏡の国のアリスの中で、赤の女王とアリスのやりとりは、Fiddle-de-deeそのもののやりとりです。

感嘆詞のFiddle-de-deeはいわゆる「なげきことば」で、あのOh My Got と一緒ですね!ちなみにハエとハチの結婚に立ち会った教区の牧師ですが、ルイス・キャロルの父親も、司祭だったのですよ。

 

マザー・グースでは、Hey diddle, diddleで、二行目にThe cat and the fiddleで、diddleはfiddleの韻を踏んでいます。フィドルは、民族音楽のヴァイオリンです。

 

この蠅と丸花蜂の結婚は、身分違いの結婚、宿敵同士との結婚の比喩なんでしょうね。つまり15世紀の「薔薇戦争」ではないでしょうか。

 

この薔薇戦争はヘンリー7世とエリザベス・オブ・ヨークの、宿敵同士の結婚によって和解しましたが、そもそも白薔薇のヨーク家がエドワード4世が、身分違いのエリザベス・ウッドヴィルとの結婚が、政権を不安定にし、ますますランカスター家とヨーク家の王位継承の争いが複雑になってしまいました。

 

ところが、最後の和解では、リザベス・ウッドヴィルの長女エリザベス・オブ・ヨークが、ヘンリー7世と結婚をし、テューダー朝が誕生し、めでたしめでたしとなるんですよね。

 

赤の女王に「Fiddle-de-dee」のやりとりをさせたルイス・キャロルのセンスは流石ですね!

 

 

| Books & Writer | 13:43 | - | - | pookmark |
ヴィクトリア朝の女流作家たち

Emily Eden (1797?1869)

エミリーエデン、1835


ジェーン・オースティンが好きだったというエミリー・エデンは、同じように遅れて30年後に出版された著作があります。

オースティンのように現代に記憶が残る著作はほとんどありませんが、2作出版されました。セミデタッチド・ハウス (1859)、セミデタッチド・ハウスの二人 (1860)で、現在もネットでも読むことが可能です。

 

男爵家に誕生し、生涯独身でしたが、キャロライン・ラムの夫だったメルボルン卿とのシックなロマンスもあったようですよ。

 

オークランド卿の妹であるエミリーエデンは著名な作家および芸術家でした。 彼女は後世に向けて、「インドの王子と民族の水彩スケッチ」と題された200近くの研究からなる3巻のアルバムを残しました。 しかし、アルバム内のほとんどの絵は、王子の生活ではなく一般の人々の生活に関係しています。 カルカッタからラホールへの兄妹での旅行中に、彼女は出会った興味深い人物を絶えずスケッチし、姉に宛てて1866年にロンドンで「アップザカントリー」というタイトルで長い手紙を書きました。エミリー エデンは最高のドローイングマスターからイギリスでレッスンを受けました。 彼女の作品から判断すると、彼女は熟練したアマチュアアーティストであり、インドの太陽の下で、絵画の才能の花を咲かせました」

 

Caroline_Lamb

 

キャロライン・ラム 1805年頃


メルボルン子爵夫人キャロライン・ラムは、あのデヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ・キャヴェンディッシュの姪です。彼女は1812年に恋多き詩人でもあるバイロン卿とのロマンスが囁かれますが、嫉妬の感情に負け、自殺を図ったりゴシック小説 グレナヴォンでバイロンを非難するなど、ちょっと厄介な女性ですが、美貌の一族なんですね。

 

ご訪問の皆様 

どうぞ、自粛を楽しんで、ご自愛くださいませ。

また、お仕事の皆様、応援しております。

| Books & Writer | 21:41 | comments(0) | - | pookmark |
アドリエンヌ・セギュールの挿絵 美女と野獣
Adrienne Segur, 1958

Beauty and the Beast

この挿絵はアドリエンヌ・セギュール。フランスのイラストレーター。古典やファンタジー、妖精の物語などの絵本が残っています。陰気な美女のアドリエンヌ・セギュールに似ている”美女と野獣”のベル。

アドリエンヌ・セギュールの無彩色が、人物を引き立てます。色が塗られた挿絵になると、厚化粧の塗り絵のような代物になり、見るのも嫌なんですけどね。

ペローの童話、不思議の国のアリスなど、魅力的な絵本の挿絵も手掛けていますが、あくまでも、私は無彩色を好みます。

アテネで生まれ、フランスで暮らし、エジプトの詩人と結婚し、1981年になくなっています。ですから古書で手に入るものが多いです。
 
| Books & Writer | 20:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
マドゥモアゼル・ルウルウ プチ・パレェにおけるルウルウ

ジィップの「マドゥモアゼル・ルウルウ」は1888年に刊行しています。

第2章「プチ・パレェにおけるルウルウ」のプティ・パレはパリ万博で1900年に開館しているので、タイトルは翻訳者の森茉莉がつけたものではないかと。「パリにおける展示会」だと思うのですが。

ジイィプマドゥモアゼル・ルウルウの原書
Mademoiselle Loulou [Par] Gyp
Mademoiselle Loulou Gyp by Martel De Janville

第1章の記事で、最後に森茉莉の妙訳本でなければいいのだけれど〜と願っていましたが・・・。ネット検索でジィップの原本が読めます。プルーストを翻訳した井上究一郎さんとかだったらどんな風な邦訳をしてくれたのかと思います。

それで仕方なく翻訳されている「マドゥモアゼル・ルウルウ」第2章「プチ・パレェにおけるルウルウ」を覗いてみましょう。まずは展覧会で。

Gustave Courtois - Study

習作 1890 クルトワ
ニューサウスウェールズ州立美術館


■パパン(p’pa=プパ)と負傷したロシア兵のための展覧会に行ったルウルウ。閑散とした展覧会で、ルウルウはパパン(p’pa)から離れてダニャンの素描を見に行く。

ダニャンはパスカル・ダニャン=ブーヴレのことだと思います。エルミタージュ展で見ていないとわからないですね。「ルーヴル美術館の若い水彩画家」、きっとご存知でしょう。

■パパンはカタログからロォブルの「室内」を示します。

ロォブル?Loebl?いったい誰でしょう。

■「クゥルトワの小さな画を観たほうが面白いわ・・・」

ギュスターヴ・クロード・エティエンヌ・クルトワで間違いないと思います。

Edouard Manet, Nana, 1877さて、過去記事「ナナの誕生 ドミ・モンド」からフランスの娼婦を参照してください。

なぜかと申しますと、プチ・パレェにおけるプパとルウルウの会話にクルチザンヌ、ボーデルがでてきます。なぜかというと展覧会で娼婦を見かけたルウルウ。

もともと「マドゥモアゼル・ルウルウ」は風刺小説です。邦訳からはなかなか伝わってきません。

この時代は娼婦の時代。展覧会では小説のナナをはじめ、高名な娼婦たちの肖像画も多く描かれたのでしょうね、印象派によって。

ジィップが風刺したかったのは何なのか。ところが森茉莉は「ルウルウ」に自分の理想の投影図を書き出したので、森茉莉の「ルウルウ」で、ジィップの風刺小説のヒロインの条件を満たさない。

森茉莉さんかぶれ、マニアはこの1冊と選ぶけれど、この本に対しての感想や書評を一切していない。マニア以外で感想を書いているブログ記事をようやくひとつ見つけました。

Enseigne Alsacienne revolutionnaire 1792


決して上流階級の魅力的でキュートなお嬢様の可愛い作品ではないのですよ。

そう思っている読者の皆様、毒舌をお許しくださいませ。これは当時の歴史、女性の社会的地位、そして芸術・文化・文学の果てまで、本当は風刺してるんです。

美男子として名高いエメリヨンは当時の誰を例えている?

貴族のジィップはナショナリズムで身分制度を否定していました。大おじミラボーは、貴族でしたからフランス革命初期の議員では第2身分で議席をとることができましたのに、あえて第3議席で指導者となったのです。賄賂は暴露されましたが(笑)。

ルウルウはフランスの自由・平等・友愛を象徴しているんです。そして、その時代の流行や習慣を揶揄したり比喩したりしているんです。決して可愛いおしゃまな女の子じゃないんです。

私思ったのですけど、アンチ森茉莉なんですね、きっと。ですから森茉莉かぶれやマニアさまたちには、そういったことは問題じゃないんです。ただおしゃまで可愛い女の子、そして老女になってもピュアでありたいという女はいつでも14歳なんだと思うのですね。私はそうじゃないですね。 ジィップ という作者がいるので。

Mademoiselle Loulou. Collection : Select Collection N° 217

原作 ジィップ マドゥモアゼル・ルウルウ 1888


それはとっても素敵なことだと思いますが、私はジィップの国粋主義とその風刺を尊重したいのです。どなたかこちらを翻訳していただけないでしょうか。

さて本質です。

ジィップはルウルウを通して、自由な恋愛と結婚、女性の地位の「向上、そして反ユダヤ(たぶん)であって、大人の行動を揶揄しています。

ルウルウの名前の由来。ルイーズ、ルシールはルウルウ、ルルと呼ばれます。ルイーズはルウルウが通称で、「誉れ高き戦い」を意味します。ルルは「可愛い」という意味。

つまりルウルウは戦いの女神なのですね。

当時流行していた英国の「5時のお茶」。展覧会でパパが見つけた「ファイブ オクロック ティイ(five o'clock tea)」、そして最初にご紹介しているクルトワの作品でもおわかりのように、室内装飾も服飾も日本趣味(ジャポニズム)の時代だったのです。

5時のお茶、日本風ティー・ガウンの大流行。そしてサロンに反抗する画家たち。この時代はサロン・ド・パリとして知られる美術展に、サロン落選の美術展としての「サロン・ド・リフュゼ」と、フランスの芸術家たちはサロン・ド・パリと分離しはじめます。

5時のお茶の絵画化である「ファイブ オクロック ティイ(five o'clock tea)」は、メアリー・カサット、ジュリアス・ルブラン・スチュワートを推薦しましょう。

さてこの「5時のお茶」ですが、軽食をとりながらお茶を飲む。甘いお菓子にサンドウィッチ。貴族たちがサロンでお茶とお菓子でもてなした18世紀。ジィップの時代19世紀にはブルジョワ層にもその習慣がひろがります。

記事 紅茶でアロマ アンナ・マリアのアフタヌーン・ティー VS ジョジアナのクリーム・ティー

パテシィエ アントナン・カレーム(1784-1833)が広げたのです。美食評論家といえば「美味礼賛」の著作者ブリヤ=サヴァラン、グリモ・ド・ラ・レニエールがいます。

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記事 「マドゥモアゼル・ルウルウ ルウルウの政治
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| Books & Writer | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
マドゥモアゼル・ルウルウ ルウルウの政治
JUGEMテーマ:読書

余談

「じゃぁ、カミーユに会ってくるわ!」と笑顔で軽やかに断頭台の階段を駆け上がったその女性はリシュル。カミーユとはご存知のカミーユ・デムーランです。

デムーラン夫人リュシル・デュプレシ

やさしのリシュル


メアリ・スチュアートの悲劇に強く魅了されるリシュルはとてもロマンチスト。結婚前はカミーユにわざと冷淡な振る舞いをし、カミーユからの手紙を待っているのです。

そしてリシュルの仕打ちに打ちひしがれているカミーユの手紙を読んでは、彼の愛を確かめていく。まだしがない文士だったカミーユは結婚を反対されながらも、リシュルの家庭教師として7年間の恋愛を実らせます。

オレルアン公の館パレ・ロワイヤルは、この頃革命家が世論を扇動する場所のひとつでした。ここのカフェ・ドゥ・フワで無名のカミーユ・デムーランの演説が大衆を動かしたのです。1789年7月のこと。

1790年12月29日の結婚式。披露宴での慣例にしたがって、花嫁のガーターをはずしたのは、ロベスピエールでした。

カミーユの処刑後、リシュルは反革命容疑で逮捕、死刑となるわけです。でも、彼女はアダム・リュックスのように、わざと逮捕されたのではないかと考えるようになりました。

リシュルは「内助の功」という日本的な表現を用いられことがあるようですが、とっても激しい情熱的な人だと思います。カミーユ・デムーランの書いた原稿の、皮肉な言葉や言い回しは、リシュルによるものです。

牢獄では、ジャコバン左派のエベールの妻といっしょだったそうです。

翻訳 森 茉莉

森茉莉による翻訳本「マドゥモアゼル・ルウルウ」


本題

1889年に刊行されたジィップ(Gyp)の「マドゥモアゼル・ルウルウ」で主人公ルウルウがフランス革命の話に触れる章があります。第1章の「ルウルウと政治」です。

ジィップ(Gyp)は、マルテル・ジャンヴィル伯爵夫人シビル・エーメ・マリ=アントワネット・ガブリエル・ド・リケティ・ド・ミラボーであって、その名のとおりフランス革命初期の代議員オノーレ・ミラボー(ミラボー伯爵オノレ・ガブリエル・ド・リケッティ)が大おじです。

生前は国民の人気を集めたミラボーですが、死後にルイ16世との書簡等が発覚。

もともとミラボーは王制護持論者で、ルイ16世、王妃マリー・アントワネットとのつながりが強く、当時の指導者でした。

そのミラボーを大おじに持つジィップことシビル・エーメ・マリ=アントワネット・ガブリエル・ド・リケティ・ド・ミラボーは、なぜかマリ=アントワネットの名が連なった長々しい名前です。

この作品マドゥモアゼル・ルウルウはミラボー没後98年目に出版されました。

オノーレ・ミラボー

ジィップの大おじミラボー


さて、第1章のルウルウの政治の冒頭ではルウルウの父親が、誰かの判決のことを話題にしています。ルウルウが「一般世間の意見は犯人自身が思ってたよりも寛大ね・・・」という意見。

当時、反逆罪容疑で有罪になったのは国民的人気のあったブーランジェ将軍。彼のことなのでしょうか?

それから話は100年前にさかのぼります。ちょっとその会話を眺めてください。(本文のかな使いを現代仮名遣いで引用を要約しています。大きく削除している場合は略と表示します。)

「・・・(略)・・・ルイ14世の政治はどうしたの。・・・(略)・・・」

ここから家庭教師とのやりとりがはじまります。

ル「政治の秘密っていうことは場合によると嘘をつくことだから?」
家「タレーラン氏の言葉を引用ましたね。」
ル「マダム・ド・ポンパドゥールさ」

・・・(略)・・・

tony robert fleury

シャルロット・コルデー


いきなりママンが口をはさみます。
「シャルロット・コルデーをご覧よ。あの女が凶暴な男を殺したのは、それは立派な考えでやったことに違いないけれど、それは立派な罪にな」ってしまったじゃないか・・・。」

ル「ええ、あれは馬鹿げたことさ・・・、あれはマラーの男を下げちゃったのさ・・・(略)・・・ダントンがシャルロットにちゃんとそれをいってるわ・・・世の憎しみもその道理なる 制裁に消えうせぬ 君の匕首の一突きは彼を パンテオンに送りたり。」

1923年前後から「ルウルウ」は再販されていないようで、いまは絶版です。日本の邦訳は森茉莉によるもので、日本では翻訳版は出版されています。翻訳ではルウルウの言葉は貴族の娘ではなく、やくざな、あるいは下層階級の年増の女の言葉使いになっていきます。

風刺小説というけれど、この章では大おじミラボーを登場させていない・・・ママンが言う〜「それは立派な考えでやったことに違いないけれど、それは立派な罪になってしまったじゃないか」というように〜比喩?

Sibylle Gabrielle Riqueti de Mirabeau

オペラグラスを持つジィップ(1849-1932)


ジィップは、ルウルウをどんなふうに扱いたかったのかしらん。

ルウルウ(経験豊富な年増女のように)
「・・・(略)・・・いったい誰がダントンの罪を定めるの?・・・ロベスピエールは空想家だし!・・・マラーは病人だし!・・・、マダム・ローランかな?・・・(略)・・・ペルチェはどうかな?・・・」

ペルチェ?
読者の私を含めて、「ペルチェ?誰?」みたいに、プパ(パパン)も家庭教師もギャフン。ナポレオンが好きでしょうと言われ、そうそう確かにというところまでで「お茶を濁す」ようなルウルウ。

それでルウルウの政治には、ジィップの大おじミラボーをはじめリシュリュー、ルイ15世、ラファイエット将軍、マリー・アントワネット、ルイ16世の名は登場しません。そしてダントンは登場するのに、はじめにご紹介したリシュルの夫カミーユ・デムーランの名もありません。

そんなに知りたかったら「まぁ、ラクション・フランセーズでに読んで考えるといいわ・・・」というルウルウの声が聞こえてきそうです。

森茉莉が渡仏したときジィップはまだ生きていました。80歳を超えたくらい?渡仏先で気に入ったジィップの「マドゥモアゼル・ルウルウ」です。でも翻訳が、妙訳だったらちょっと困る〜。というかとっても翻訳下手なのかも〜。
| Books & Writer | 08:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
それぞれの魔法の庭
コメント:30年くらい前に「まっぷたつの子爵」を読んでからのおつきあい。「魔法の庭」は短編集。どんな物語でもユーモラス。大人、少年、動物や猫。読みながら心が快い〜。

時々に他の作家の作品を読んでいると、森茉莉の想像、妄想と比較したくなるのです。今回はイタロ・カルヴィーノの「魔法の庭」なんです。

蔓棚の支柱の間に吊るしてあったドラが成り、こもった音がしばらく響いた。二人の子どもはキンポウゲの花壇の陰にうずくまった。たちまち白い上着の召使が二人、大きなお盆を持ってやってきて、黄色と橙色の縞模様のパラソルのしたの丸テーブルにお盆と置くと、引揚げていった。ジョバンニとセレネッラはテーブルに近づいた。紅茶とミルク、それにスポンジケーキがあった。あとはテーブルについてたべるだけだった。二人分の紅茶を注ぎ、ケーキを二切れとり分けた。・・・(略)・・・それにお菓子の味もミルク紅茶の味も分からなかった。その庭にある全部がそうだった。美しいのに味わうことができないのだ。

あぁ、私が思うには、文学的には憧れや楽しみの先の幻滅。日常的には紅茶の注ぎ方や香りを嗅ぐことを知らないがためにプルースト現象さえもっていない。

イタロ・カルヴィーノ

イタリアの国民的作家
イタロ・カルヴィーノ(1923-1985)


あるいは本質を知らない。
だから味わうことができない。

ところが茉莉さんだったらどうでしょう。

扉のうえに飾るのは古雑誌から切り取られたボッティチェッリの春。錆びたベルは音が鳴った気配だけを残している。恐るべきこどもは腐った雑誌にうずくまっている。たちまち白い上着の召使が一人、大きなお盆を持ってやってきて、パラソルに見立てるように黄色と橙色の縞模様のタオルをかけた丸テーブルにお盆と置くと、茉莉は腰掛けた。紅茶とミルク、それにスポンジーキがあった。あとはテーブルについてたべるだけだった。一人分の紅茶を注ぎ、ケーキを一切れとり分けた。・・・(略)・・・お菓子には薔薇の花びらを添えて、ミルク紅茶はプリンス・オブ・ウェールズ。その部屋にある全部がそうだった。一帯のゴミ畑なのに味わうことはできたのだ。

森茉莉の恋人たちの森。読み返すきっかけがあって、ハッと気がついたことがあります。

やはり森茉莉さんは恐ろしい。登場人物「植田夫人」は48歳。いまの私より若いこの夫人を徹底的に醜く描いているのです。美青年ギドウが、美しい植田夫人の醜い肥満がはじまって、少々倦怠気味になっている。

アンチエイジングを気にするお年頃の女性なら、グッとくる場面。さすが森茉莉。

森茉莉

晩年の森茉莉さん(1903-1987)
シャネル曰く生活、人生が顔にあらわれる


「醜い肥満が始まった夫人の体は、若いギドウの軽い嫌悪を呼び醒ましてゐる。それが夫人に鋭い苦痛を与え、技巧を多く必要とするやうになった夜の、又は午後の狂乱の中で、夫人の神経は尖り、研ぎ澄まされて、ゐた。」

かしずかれた令嬢の頃の森茉莉の零落ぶりを植田夫人の醜い肥満にたとえたのでしょう。

想像力の魔法で茉莉さんの周囲も読者も、それはお金はないけれど贅沢な精神で暮らしていると勘違いさせられている。

腐った畳にきのこが生えて、森茉莉はお風呂にも入らない。おぞましさと哀れさ。私にとって貧乏であっても贅澤な精神=清貧であって、清潔で美しいことです。森茉莉の美や贅沢サヴァラン、自由な精神を崇めている茉莉マニアには申し訳ないですが、やっぱりこの人は私にとってはボーダーの尺(尺度)だと思っています。

森茉莉さん関連記事

記事 「バラを食べるマリア
記事 「アヴェ・マリア 森茉莉もしくは牟礼魔利(ムレ・マリア)

| Books & Writer | 19:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
レベッカより 「もう二度とない」

デュ・モーリア

著者 デュ・モーリア


18歳以前に一度読んだ記憶。モノクロの映画はたしかテレビのロードショーでヒッチコックの「レベッカ」を見ていた。それは小学生の頃?

レベッカ。ずっと愛読書のように・・・、お嫁入りのときも、息子が成人してからも、短大を卒業したときにもらったルーマニア製のガラスの扉のついた書棚に置いたままで。

二度目は30代?そして50を超えて3度目の読書。

成熟した読み手となってますますのめりこんだのは、「わたし」と亡くなった美しい前妻レベッカ、レベッカの忠実な使用人デンヴァース夫人との心理的葛藤とその秘密?

違う、違う、違う、違う、違うのです。

ヒッチコック 映画「レベッカ」

ヒッチコック 映画「レベッカ」


この成熟した年齢になって読み込んだのは、ホントに最初。マキシムへの恋の場面。本当にプロローグのあの場面なんです。

引用:茅野美ど里さん翻訳の「レベッカ」から
ついにその日が来てしまった。ここを去るのだ。何もかも終わりだ。あすの晩にはメードよろしく夫人の宝石ケースと膝掛けをもって、私は列車の中だ。

そうなんです。身寄りも家もない主人公「わたし」がヴァン・ホッパー夫人のコンパニオンでお給料をもらっていた物語のはじまりのこと。

モンテカルロでマキシムに会い、親切にされてからまもなく、ヴァン・ホッパー夫人は明日にはここを発つというのです。

主人公「わたし」は絶望。

引用:茅野美ど里さん翻訳の「レベッカ」から
彼は慣れ親しんだホテルの食堂のあの席でひとり本を読んでいて、わたしのことなど気にかけず、考えもしない。発つ前にラウンジで別れの挨拶くらいはできるかもしれないが、・・・(略)・・・
「ええ、お便りください」とか、
「ご親切にしていただいて、きちんとお礼を申し上げたことがなくて」とか「スナップ写真ができたら転送してください」、「でも宛名は?」、「連絡します」などとおきまりの言葉をかわすのだ。

そうです。自分ではどうしようもない身分と職業、そして相手にされないだろうその恋。突然の出発。なにもかもはじまったばかりだったのにね。

ヒッチコック 映画「レベッカ」のマンダレー

ヒッチコック 映画「レベッカ」のなかのマンダレー


だから、マキシムが自分がいなくなったあとも、そのことを別段気にすることもなく過ごす彼を容易に想像できますし、とりとめのない会話で終わるのが「私」には充分に理解しているのです。ある意味、分別があるのかと。

引用:茅野美ど里さん翻訳の「レベッカ」から
「あと四分半、それでもう二度と会えない」とわたしのほうは思いつめているのに。モンテカルロを発つことになり、二人の間も終わってしまうので、よそよそしさがしのびこみ、話すこともなくなってしまう。会うのはもうこれ一度きり、これで最後だ。
わたしの心は悲痛のあまり泣き叫んでいる。「愛しているの。胸が張り裂けそう。こんなこと初めて。もう二度とないわ。」

「愛しているの。胸が張り裂けそう。こんなこと初めて。もう二度とないわ。」

この気持ち。みなさん一度は経験されたでしょう。成熟した年齢になってこそなのでしょうが、マキシムの後妻となる「私」のこのときの受身の立場のつらい心理がよく伝わってくる。

若くもなく既婚者の私には、これからないだろうと思われる恋愛が、もしもの予感があれば、決して「一期一会」で終わらせたくないと思うかも(願うかも)しれません。

「もう二度とない」

私の年齢で誰かと恋愛がはじまれば、私もきっと同じセリフが自然に口をつくのでしょう。


ダフネ・デュ・モーリア
コメント:成熟した読み手となってますますのめりこんだのは、「わたし」と亡くなった美しい前妻レベッカ、レベッカの忠実な使用人デンヴァース夫人との心理的葛藤とその秘密?いえいえ。それは、「わたし」がモンテカルロを去らなければならないと夫人に告げられたあの場面です。

ダフネ・デュ・モーリア
コメント:「わたし」がはじめてみたマンダレー。生い茂る緑に囲まれ、美しい花々が咲き乱れ、そしてツツジの花。それが燃えていく。あの美しかったマンダレーはない。

| Books & Writer | 13:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アヴェ・マリア 森茉莉もしくは牟礼魔利(ムレ・マリア)

すさまじきもの、夢見る女性。枯れた薔薇。オレンジの紅。からっぽなカップル。女性のバックを持つ男。煙草を吸わない中年男に香りをつけない年増の女、搾乳した乳、そして匂いのしない赤ん坊

今日は夢みる女性のお話。森茉莉。もし生きていたら111歳。この時代に生きていたら人気ブロガーになっていたと思います。

彼女のエッセイは顔の見えない人に向かって、自分の夢を現実のように語っている。ちょっと謙遜や失敗談をわざわざはさみながら、ありえないホラの美欲を書いてます。

そしてその嘘と現実の境が本人も周囲もわからなくなっていることに、とても興ざめするのですが・・・。なぜか嫌悪を感じながらも森茉莉もしくは牟礼魔利(ムレ・マリア)を見届けたいと思うのです。

ちなみにエッセイより彼女の小説の方が好きですから〜。


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茉莉もしくは魔利(マリア)


祝福されるマリア(アヴェ・マリア)とでもいたしましょうか。来る6月6日は森茉莉さん(1903-1987)の終の日です。ご存知のように森鴎外のお嬢さんとして誕生。

自分が特別だとアピールする場合に、「私は森茉莉に似ている」というように表現する人がいます。「我がままで」、「自由で」、「空想好きで(想像力豊かで)」、「子供のままで(純真で)」、「美しいものが好きで」とか。大体インテリや育ちのよさを誇りたいという人が多いです。

違いますよね。

よくいえば「自分にとっての最悪の状態で陶酔することができる」といえる人こそ。そんな人が「私は森茉莉に似ている」と言えるのです。

フランス文学者の山田珠樹と離婚したあと、佐藤彰氏と結婚。東京から離れて、ここには銀座がないとぶつぶつ言った森茉莉に、しばらく東京で暮らしなさいと言って追い払った佐藤氏はすごいです(笑)。

森茉莉生誕110周年記念「甘い蜜の部屋」展

昨年2013年
森茉莉生誕110周年記念「甘い蜜の部屋」展



このとき、ここは銀座という「茉莉のお散歩」ができなかった。きっとまだ陶酔するほどではなかったから。

なぜ?

貧乏ではなかったから?

そしていよいよ貧乏になる。このときこそ、フランス文学者の山田珠樹と暮らした巴里に幻を抱いた牟礼魔利(ムレ・マリアが、祝福されないマリアとして誕生するのです。

もっともインテリ女子もしくは似非インテリ女子に好まれているのは「贅澤貧乏」です。インテリか似非かの違いは「贅澤」か「贅沢」かくらいです。こちらのエッセイは1963年に刊行されています。


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清貧ではなく貧乏晩年



「贅澤貧乏」〜最後のくだり
今日も牟礼魔利(ムレ・マリア)はお気に入りの洋服で緑と蘭草色の籠を下げ、下北沢へお出かけである。道すじにある貸本屋、鳩書房の女の子は、硝子扉の中から魔利(マリア)の通るのをみとめた。そしてこうつぶやいたのである、

「あら、牟礼さんが通るよ。この前持って行ったクリスティは、そうだ。今日で二百円になっているわ。どうするのかしら。暢気な顔をして、もう行ってしまった。おばあさんの割りのは足が速いわね。」

よく森茉莉もしくは牟礼魔利(ムレ・マリア)の貧乏を清貧と勘違いしている読者がいるようですが、美しき節約ではなく、お金を稼げないだけなんですね。

よく「子供のような」という表現を好む方がいらっしゃいますが、彼女は子供の「ままごと」とおなじく、空き瓶に砂をつめて生活をしていたのです。友人の室生犀星が茉莉の暮らしをみて、悲しみで一晩眠れなかったという逸話があるほどです。

森茉莉 渡仏での写真


森茉莉は小さい頃から鴎外がドイツにオーダーした子供服を着させられ、お手伝いに付き添われ、お嬢様学校を卒業し、17歳で嫁入りし、巴里で暮らして、教養と芸術、そして「本物」を理解しています。

茉莉の30年にわたる貧乏晩年は、そうした茉莉の履歴を失わずに、実際はゴミ部屋ならぬガラクタ部屋に住んでいて、それはもうお茶碗もコーヒーカップもガラクタで、後片付けや整理ができずに暮らしていのです。

美意識と本物を知っている履歴で、素晴らしい幻覚生活を過ごすことができました。ベッドに夥しい数のタオルをかけていたのは、天蓋つきのベッドのつもりだったのでしょうか。ただし趣味が悪いと思いました。

群ようこさんが、「森茉莉のように、生きたい」、「贅沢とは、贅沢な精神」だというのが理解できません。節約して極上のものを少しだけ揃えるという生活ではなかったのですから。腐りかけたゴミに埋もれた生活だったのです。ある意味すさまじい。「住んでいたアパートの部屋を再現してほしい」という読者は似非読者なのかしらん・・・・。


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茉莉の美意識


ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランの「美味礼讃」のごとく、森茉莉の「美学礼讃」もしくは「美意識礼讃」とでもいいましょうか。いえいえ、「気取りや礼讃」とでも。

■「ふだん何を食べているのか言ってごらんなさい、そしてあなたがどんな人だか言ってみせましょう」

茉莉の胡椒とトマトジュースもしくは「ふだん何を持ち歩いているのか言ってごらんなさい、そしてあなたがどんな人だか言ってみせましょう」

■「新しい星を発見するよりも新しい料理を発見するほうが人間を幸せにするものだ」

茉莉のドッキリチャンネルもしくは「新しい星を発見するよりも新しい噂を発見するほうが人間を幸せにするものだ」

■「消化不良に苦しんだり泥酔したりするものは、飲食の真髄をまったくわきまえていないのである」

茉莉と千利休もしくは「料理屋の料理に泥酔したりするものは、、飲食の真髄をまったくわきまえていないのである」

どうでしょう。

森茉莉全集復刊

生誕100年記念 森茉莉全集8巻 筑摩書房


最近の森茉莉の本の表紙をみるとガッカリで、欲しくても買いません。美意識がないですよ〜。中身と外見。ぜひとも一考して欲しいです。

そうでなければ森茉莉の著作本ではありえない。

巴里の思い出のベールに包まれて、それが表紙であり本のケースであって、森茉莉自身の生活が見えないようになるんですから。

ベッドの下には腐りかけた雑誌、ベッドの中で電話に手を伸ばしたままで発見された森茉莉。

森茉莉を気取る、あるいは似ているというのは、こうした生活の中でどれだけ幻覚が見れるのかという想像力。なければゴミ屋敷の女主人に他ならない。そして読者自体が森茉莉に錯覚し傾倒するほどの彼女の名文はいくつもあるのです。


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1987年6月11日 神戸新聞より
池田満寿夫「森茉莉さんの思い出」


山の頂の牟礼であってMouret であって?ムレは、フランスの地名でもあって人名でもありますね。

夢見る女って興ざめです。でも私も充分に夢見る女なんですね。そして、まだ森茉莉さんよりマシだわっと思ってみたりして。森茉莉さんはある意味で、尺(尺度)なんですね。

一歩間違えれば・・・だったり。

さて神戸新聞に森茉莉さんへの追悼文を池田満寿夫さんが書いています。萩原葉子さん(萩原朔太郎のお嬢さん)宅で会った茉莉さん(当時57歳)をとっても好きになった池田氏は25歳。

見出し 「バラを食べるマリア」 偉大な恐るべき子供
・・・(略)・・・かつて茉莉さんは永井荷風の孤独な死を称賛していた。

この続きはまた後日に。⇒記事「バラを食べるマリア」からどうぞ

| Books & Writer | 10:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
興ざめしないもの 匂いと香


すさまじきもの、夢見る女性。枯れた薔薇。オレンジの紅。からっぽなカップル。女性のバックを持つ男。煙草を吸わない中年男に香りをつけない年増の女、搾乳した乳、そして匂いのしない赤ん坊。

第25段のすさまじきもの(興ざめするもの)に倣って書き出したのは、これは建前のようなもの。本音は不快にさせてしまうので隠しておきますね。興ざめするものは裏をかえせばデカダンス的な解釈もしやすいものを選んだつもりです。

それで本題。最後の匂いのしない赤ん坊。おわかりかと思いますが、パトリック・ジュースキントの香水の主人公です。赤ん坊に興ざめしても、この1冊におさめられた彼の人生には興ざめしない。

数年前に読んだ本。ふたたび。
記事 パフューム

チャールズ・コートニー・カラン

薔薇の香 1902
チャールズ・コートニー・カラン


私が息子を生んだとき、赤ん坊の匂いを意識していたかなって思ったのですが、残る写真を見ていると、息子の顔や頭に自分の顔をくっつけて抱き寄せているものが多いです。

うふふ〜。可愛かった〜。

でもちっとも息子の香りは覚えていない〜。しいていえばミルクとおしめと涙と唾液と汗でしょうか。思春期から現在に至っては「男くさいお部屋の香り」〜と思っています。本書のキャラメルの香り?覚えてません。ちなみに松岡さんの453夜にある解説で、キャラメルの香りがしなかったというのが理由で、酢漬けのキャベツは神父の匂いです。間違えているようです〜。

息子が誕生して成人するくらいまで、私は香水をつけなかったのですよ。主人の煙草、私の化粧品の匂い、ヘアケアの匂い。それに混ざって香水をつけるほどでもなく、また息子に香害を与えたくなかったのもあります。

記事 危険も承知で 香りと煙草とオーガニック

最近、他人の匂いが良い香りに記憶されました。なんともいえないタバコのような、青いイチジクの葉のような匂い。あれはなんだったのかと未だに本人に聞けずわからないのですが。

口コミ タバコ・バニラ オード パルファム スプレィ


ジャン・ロベール・ピット編 パリ歴史地図 表紙


久々に図書館で借りてきたパトリック・ジュースキントの香水は、こんなにおぞましい結末だった?というように「匂い」と「香り」に再び視線が向きました。本当にこちらは興ざめしない!

ルカ・トゥリンが語る香りの科学。チャンドラー・バール著作「匂いの帝王学」(2003年刊行)で、ルカ・トゥリンが「グレープフルーツと熱い馬」と香りを講釈していますが、これってこの業界ではそう言われ続けているのでしょうか。

主人公グルヌイユに「汗みずくの馬の匂いは、ほころびそめたバラの蕾のういういしい香りに劣らずこころよい。」と言わせています。

主人公グルヌイユがフォーブル・サン・ジェルマンではじめて香水の匂いについて語っています。余談ですがレ・ミゼラブルのコゼットと結婚するマリウスを覚えてますか。彼の祖父はここに住んでいたのですよ。香水の裏表紙がパリ歴史地図(ジャン・ロベール・ピット編)と同じでした〜。

Perfume : The story of a Murderer by Patric Suskind

パヒューム ペーパーバック


香水より引用
・・・・馬車の革の匂いがした。お小姓のかつらにもこもったおしろいの匂いがした。高い塀をこえて庭園から金雀児やバラ、枝をつんだばかりのイボタノキの香りが流れてきた。うまれて初めて香水というものを、ことばの本来の意味で<嗅いだ>のは、この地に足をのばしてのことだった。・・・

実は私が使用している香水は、メゾンが別なのですが調香師が同じという香りがあります。どこか惹かれている香りは、お馴染みの調香師が選んだ素材でしょうか。

「香水」の主人公である調香師は、芸術としての調香師、香りを職業とする調香師ではありません。自己満足の調香師。ですが、彼を利用した人間たちも自己満足です。

記事の続きはネタバレです。

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| Books & Writer | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ある貴婦人の肖像画 ヘンリー・ジェイムズとジョン・シンガー・サージェントのイザベラ

香水好きの女性の皆様なら、マルの香水「ポートレイト・オブ・ア・レディ」を思い浮かべたでしょう。そして本好きの皆様ならヘンリー・ジェイムズの著作本を思い浮かべたことでしょう。それでは絵画好きの皆様なら・・・。どれだけの作品を思い浮かべたことでしょうか。

Portrait of Isabella Stewart Gardner

イザベラ・スチュアート・ガードナー 1888



「ある貴婦人の肖像」(ある婦人の肖像)となるとものすごい数になりますよね!

今日はヘンリー・ジェイムズの肖像画を描き、そして「ある貴婦人の肖像」(ある婦人の肖像)を描いたジョン・シンガー・サージェントの作品をいっしょに鑑賞したいと思います。

実はヘンリー・ジェイムズ、ジョン・シンガー・サージェントの二人の共通する女性の名はイザベラなんですね。

ヘンリー・ジェイムズの「ある貴婦人の肖像」(ある婦人の肖像)のヒロインの名がイザベラです。ジョン・シンガー・サージェントのある婦人の肖像画には、イザベラ・スチュアート・ガードナー(ガードナー夫人の肖像)があるのです。

ジョン・シンガー・サージェントがイザベラの肖像画を完成させるのには9作目になり、長い期間を二人は過ごしたことがある噂になり、彼女の夫はこの肖像画を非公開にしてしまうのです。

さてヘンリー・ジェームスのイザベラは、芸術愛好家の夫を持つのですが、因習の中に閉じ込められます。

ではイザベラ・スチュアート・ガードナーという女性は、ニューヨーク生まれの奇抜で斬新、ライオンを連れて繁華街を歩く女王さまでした。

芸術愛好家のイザベラと、イザベラ崇拝に慣れてしまっている夫のジャック・ガードナー。ヘンリー・ジェイムズの「ある貴婦人の肖像画」(ある婦人の肖像画)のヒロインはもしかすると夫のジャック・ガードナーだったりして〜。

1887年イザベラはジョン・シンガー・サージェントにポートレートを描くように依頼します。そして華やかな社交界の姫君は意外にもシックで神秘的に描かれていたのです。

ヘンリー・ジェイムズの「ある貴婦人の肖像」(ある婦人の肖像)のヒロインの最後は読者の手に委ねられました。

皆さんは、ジョン・シンガー・サージェントの描いたガードナー夫人イザベラをどう捉えたのでしょうか。


評価:
ヘンリー・ジェイムズ
コメント:香水好きの女性の皆様なら、マルの香水「ポートレイト・オブ・ア・レディ」を思い浮かべたでしょう。そして本好きの皆様ならヘンリー・ジェイムズの著作本を思い浮かべたことでしょう。それでは絵画好きの皆様なら・・・。

ヘンリー・ジェイムズ
コメント:ヒロインの名がイザベラ。著者ヘンリー・ジェイムズと縁のある画家ジョン・シンガー・サージェントもイザベラ(ガードナー夫人)を描いています。タイトルの「ある婦人の肖像」は香水にもそな名がつけられました。

ヘンリー・ジェイムズ
コメント:ニコール・キッドマンがヒロインイザベラを演じています。

| Books & Writer | 23:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |