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アドリエンヌ・セギュールの挿絵 美女と野獣
Adrienne Segur, 1958

Beauty and the Beast

この挿絵はアドリエンヌ・セギュール。フランスのイラストレーター。古典やファンタジー、妖精の物語などの絵本が残っています。陰気な美女のアドリエンヌ・セギュールに似ている”美女と野獣”のベル。

アドリエンヌ・セギュールの無彩色が、人物を引き立てます。色が塗られた挿絵になると、厚化粧の塗り絵のような代物になり、見るのも嫌なんですけどね。

ペローの童話、不思議の国のアリスなど、魅力的な絵本の挿絵も手掛けていますが、あくまでも、私は無彩色を好みます。

アテネで生まれ、フランスで暮らし、エジプトの詩人と結婚し、1981年になくなっています。ですから古書で手に入るものが多いです。
 
| Books & Writer | 20:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
マドゥモアゼル・ルウルウ プチ・パレェにおけるルウルウ

ジィップの「マドゥモアゼル・ルウルウ」は1888年に刊行しています。

第2章「プチ・パレェにおけるルウルウ」のプティ・パレはパリ万博で1900年に開館しているので、タイトルは翻訳者の森茉莉がつけたものではないかと。「パリにおける展示会」だと思うのですが。

ジイィプマドゥモアゼル・ルウルウの原書
Mademoiselle Loulou [Par] Gyp
Mademoiselle Loulou Gyp by Martel De Janville

第1章の記事で、最後に森茉莉の妙訳本でなければいいのだけれど〜と願っていましたが・・・。ネット検索でジィップの原本が読めます。プルーストを翻訳した井上究一郎さんとかだったらどんな風な邦訳をしてくれたのかと思います。

それで仕方なく翻訳されている「マドゥモアゼル・ルウルウ」第2章「プチ・パレェにおけるルウルウ」を覗いてみましょう。まずは展覧会で。

Gustave Courtois - Study

習作 1890 クルトワ
ニューサウスウェールズ州立美術館


■パパン(p’pa=プパ)と負傷したロシア兵のための展覧会に行ったルウルウ。閑散とした展覧会で、ルウルウはパパン(p’pa)から離れてダニャンの素描を見に行く。

ダニャンはパスカル・ダニャン=ブーヴレのことだと思います。エルミタージュ展で見ていないとわからないですね。「ルーヴル美術館の若い水彩画家」、きっとご存知でしょう。

■パパンはカタログからロォブルの「室内」を示します。

ロォブル?Loebl?いったい誰でしょう。

■「クゥルトワの小さな画を観たほうが面白いわ・・・」

ギュスターヴ・クロード・エティエンヌ・クルトワで間違いないと思います。

Edouard Manet, Nana, 1877さて、過去記事「ナナの誕生 ドミ・モンド」からフランスの娼婦を参照してください。

なぜかと申しますと、プチ・パレェにおけるプパとルウルウの会話にクルチザンヌ、ボーデルがでてきます。なぜかというと展覧会で娼婦を見かけたルウルウ。

もともと「マドゥモアゼル・ルウルウ」は風刺小説です。邦訳からはなかなか伝わってきません。

この時代は娼婦の時代。展覧会では小説のナナをはじめ、高名な娼婦たちの肖像画も多く描かれたのでしょうね、印象派によって。

ジィップが風刺したかったのは何なのか。ところが森茉莉は「ルウルウ」に自分の理想の投影図を書き出したので、森茉莉の「ルウルウ」で、ジィップの風刺小説のヒロインの条件を満たさない。

森茉莉さんかぶれ、マニアはこの1冊と選ぶけれど、この本に対しての感想や書評を一切していない。マニア以外で感想を書いているブログ記事をようやくひとつ見つけました。

Enseigne Alsacienne revolutionnaire 1792


決して上流階級の魅力的でキュートなお嬢様の可愛い作品ではないのですよ。

そう思っている読者の皆様、毒舌をお許しくださいませ。これは当時の歴史、女性の社会的地位、そして芸術・文化・文学の果てまで、本当は風刺してるんです。

美男子として名高いエメリヨンは当時の誰を例えている?

貴族のジィップはナショナリズムで身分制度を否定していました。大おじミラボーは、貴族でしたからフランス革命初期の議員では第2身分で議席をとることができましたのに、あえて第3議席で指導者となったのです。賄賂は暴露されましたが(笑)。

ルウルウはフランスの自由・平等・友愛を象徴しているんです。そして、その時代の流行や習慣を揶揄したり比喩したりしているんです。決して可愛いおしゃまな女の子じゃないんです。

私思ったのですけど、アンチ森茉莉なんですね、きっと。ですから森茉莉かぶれやマニアさまたちには、そういったことは問題じゃないんです。ただおしゃまで可愛い女の子、そして老女になってもピュアでありたいという女はいつでも14歳なんだと思うのですね。私はそうじゃないですね。 ジィップ という作者がいるので。

Mademoiselle Loulou. Collection : Select Collection N° 217

原作 ジィップ マドゥモアゼル・ルウルウ 1888


それはとっても素敵なことだと思いますが、私はジィップの国粋主義とその風刺を尊重したいのです。どなたかこちらを翻訳していただけないでしょうか。

さて本質です。

ジィップはルウルウを通して、自由な恋愛と結婚、女性の地位の「向上、そして反ユダヤ(たぶん)であって、大人の行動を揶揄しています。

ルウルウの名前の由来。ルイーズ、ルシールはルウルウ、ルルと呼ばれます。ルイーズはルウルウが通称で、「誉れ高き戦い」を意味します。ルルは「可愛い」という意味。

つまりルウルウは戦いの女神なのですね。

当時流行していた英国の「5時のお茶」。展覧会でパパが見つけた「ファイブ オクロック ティイ(five o'clock tea)」、そして最初にご紹介しているクルトワの作品でもおわかりのように、室内装飾も服飾も日本趣味(ジャポニズム)の時代だったのです。

5時のお茶、日本風ティー・ガウンの大流行。そしてサロンに反抗する画家たち。この時代はサロン・ド・パリとして知られる美術展に、サロン落選の美術展としての「サロン・ド・リフュゼ」と、フランスの芸術家たちはサロン・ド・パリと分離しはじめます。

5時のお茶の絵画化である「ファイブ オクロック ティイ(five o'clock tea)」は、メアリー・カサット、ジュリアス・ルブラン・スチュワートを推薦しましょう。

さてこの「5時のお茶」ですが、軽食をとりながらお茶を飲む。甘いお菓子にサンドウィッチ。貴族たちがサロンでお茶とお菓子でもてなした18世紀。ジィップの時代19世紀にはブルジョワ層にもその習慣がひろがります。

記事 紅茶でアロマ アンナ・マリアのアフタヌーン・ティー VS ジョジアナのクリーム・ティー

パテシィエ アントナン・カレーム(1784-1833)が広げたのです。美食評論家といえば「美味礼賛」の著作者ブリヤ=サヴァラン、グリモ・ド・ラ・レニエールがいます。

森茉莉さん関連記事
記事 「それぞれの魔法の庭
記事 「バラを食べるマリア
記事 「マドゥモアゼル・ルウルウ ルウルウの政治
記事 「アヴェ・マリア 森茉莉もしくは牟礼魔利(ムレ・マリア)

| Books & Writer | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
マドゥモアゼル・ルウルウ ルウルウの政治
JUGEMテーマ:読書

余談

「じゃぁ、カミーユに会ってくるわ!」と笑顔で軽やかに断頭台の階段を駆け上がったその女性はリシュル。カミーユとはご存知のカミーユ・デムーランです。

デムーラン夫人リュシル・デュプレシ

やさしのリシュル


メアリ・スチュアートの悲劇に強く魅了されるリシュルはとてもロマンチスト。結婚前はカミーユにわざと冷淡な振る舞いをし、カミーユからの手紙を待っているのです。

そしてリシュルの仕打ちに打ちひしがれているカミーユの手紙を読んでは、彼の愛を確かめていく。まだしがない文士だったカミーユは結婚を反対されながらも、リシュルの家庭教師として7年間の恋愛を実らせます。

オレルアン公の館パレ・ロワイヤルは、この頃革命家が世論を扇動する場所のひとつでした。ここのカフェ・ドゥ・フワで無名のカミーユ・デムーランの演説が大衆を動かしたのです。1789年7月のこと。

1790年12月29日の結婚式。披露宴での慣例にしたがって、花嫁のガーターをはずしたのは、ロベスピエールでした。

カミーユの処刑後、リシュルは反革命容疑で逮捕、死刑となるわけです。でも、彼女はアダム・リュックスのように、わざと逮捕されたのではないかと考えるようになりました。

リシュルは「内助の功」という日本的な表現を用いられことがあるようですが、とっても激しい情熱的な人だと思います。カミーユ・デムーランの書いた原稿の、皮肉な言葉や言い回しは、リシュルによるものです。

牢獄では、ジャコバン左派のエベールの妻といっしょだったそうです。

翻訳 森 茉莉

森茉莉による翻訳本「マドゥモアゼル・ルウルウ」


本題

1889年に刊行されたジィップ(Gyp)の「マドゥモアゼル・ルウルウ」で主人公ルウルウがフランス革命の話に触れる章があります。第1章の「ルウルウと政治」です。

ジィップ(Gyp)は、マルテル・ジャンヴィル伯爵夫人シビル・エーメ・マリ=アントワネット・ガブリエル・ド・リケティ・ド・ミラボーであって、その名のとおりフランス革命初期の代議員オノーレ・ミラボー(ミラボー伯爵オノレ・ガブリエル・ド・リケッティ)が大おじです。

生前は国民の人気を集めたミラボーですが、死後にルイ16世との書簡等が発覚。

もともとミラボーは王制護持論者で、ルイ16世、王妃マリー・アントワネットとのつながりが強く、当時の指導者でした。

そのミラボーを大おじに持つジィップことシビル・エーメ・マリ=アントワネット・ガブリエル・ド・リケティ・ド・ミラボーは、なぜかマリ=アントワネットの名が連なった長々しい名前です。

この作品マドゥモアゼル・ルウルウはミラボー没後98年目に出版されました。

オノーレ・ミラボー

ジィップの大おじミラボー


さて、第1章のルウルウの政治の冒頭ではルウルウの父親が、誰かの判決のことを話題にしています。ルウルウが「一般世間の意見は犯人自身が思ってたよりも寛大ね・・・」という意見。

当時、反逆罪容疑で有罪になったのは国民的人気のあったブーランジェ将軍。彼のことなのでしょうか?

それから話は100年前にさかのぼります。ちょっとその会話を眺めてください。(本文のかな使いを現代仮名遣いで引用を要約しています。大きく削除している場合は略と表示します。)

「・・・(略)・・・ルイ14世の政治はどうしたの。・・・(略)・・・」

ここから家庭教師とのやりとりがはじまります。

ル「政治の秘密っていうことは場合によると嘘をつくことだから?」
家「タレーラン氏の言葉を引用ましたね。」
ル「マダム・ド・ポンパドゥールさ」

・・・(略)・・・

tony robert fleury

シャルロット・コルデー


いきなりママンが口をはさみます。
「シャルロット・コルデーをご覧よ。あの女が凶暴な男を殺したのは、それは立派な考えでやったことに違いないけれど、それは立派な罪にな」ってしまったじゃないか・・・。」

ル「ええ、あれは馬鹿げたことさ・・・、あれはマラーの男を下げちゃったのさ・・・(略)・・・ダントンがシャルロットにちゃんとそれをいってるわ・・・世の憎しみもその道理なる 制裁に消えうせぬ 君の匕首の一突きは彼を パンテオンに送りたり。」

1923年前後から「ルウルウ」は再販されていないようで、いまは絶版です。日本の邦訳は森茉莉によるもので、日本では翻訳版は出版されています。翻訳ではルウルウの言葉は貴族の娘ではなく、やくざな、あるいは下層階級の年増の女の言葉使いになっていきます。

風刺小説というけれど、この章では大おじミラボーを登場させていない・・・ママンが言う〜「それは立派な考えでやったことに違いないけれど、それは立派な罪になってしまったじゃないか」というように〜比喩?

Sibylle Gabrielle Riqueti de Mirabeau

オペラグラスを持つジィップ(1849-1932)


ジィップは、ルウルウをどんなふうに扱いたかったのかしらん。

ルウルウ(経験豊富な年増女のように)
「・・・(略)・・・いったい誰がダントンの罪を定めるの?・・・ロベスピエールは空想家だし!・・・マラーは病人だし!・・・、マダム・ローランかな?・・・(略)・・・ペルチェはどうかな?・・・」

ペルチェ?
読者の私を含めて、「ペルチェ?誰?」みたいに、プパ(パパン)も家庭教師もギャフン。ナポレオンが好きでしょうと言われ、そうそう確かにというところまでで「お茶を濁す」ようなルウルウ。

それでルウルウの政治には、ジィップの大おじミラボーをはじめリシュリュー、ルイ15世、ラファイエット将軍、マリー・アントワネット、ルイ16世の名は登場しません。そしてダントンは登場するのに、はじめにご紹介したリシュルの夫カミーユ・デムーランの名もありません。

そんなに知りたかったら「まぁ、ラクション・フランセーズでに読んで考えるといいわ・・・」というルウルウの声が聞こえてきそうです。

森茉莉が渡仏したときジィップはまだ生きていました。80歳を超えたくらい?渡仏先で気に入ったジィップの「マドゥモアゼル・ルウルウ」です。でも翻訳が、妙訳だったらちょっと困る〜。というかとっても翻訳下手なのかも〜。
| Books & Writer | 08:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
それぞれの魔法の庭
コメント:30年くらい前に「まっぷたつの子爵」を読んでからのおつきあい。「魔法の庭」は短編集。どんな物語でもユーモラス。大人、少年、動物や猫。読みながら心が快い〜。

時々に他の作家の作品を読んでいると、森茉莉の想像、妄想と比較したくなるのです。今回はイタロ・カルヴィーノの「魔法の庭」なんです。

蔓棚の支柱の間に吊るしてあったドラが成り、こもった音がしばらく響いた。二人の子どもはキンポウゲの花壇の陰にうずくまった。たちまち白い上着の召使が二人、大きなお盆を持ってやってきて、黄色と橙色の縞模様のパラソルのしたの丸テーブルにお盆と置くと、引揚げていった。ジョバンニとセレネッラはテーブルに近づいた。紅茶とミルク、それにスポンジケーキがあった。あとはテーブルについてたべるだけだった。二人分の紅茶を注ぎ、ケーキを二切れとり分けた。・・・(略)・・・それにお菓子の味もミルク紅茶の味も分からなかった。その庭にある全部がそうだった。美しいのに味わうことができないのだ。

あぁ、私が思うには、文学的には憧れや楽しみの先の幻滅。日常的には紅茶の注ぎ方や香りを嗅ぐことを知らないがためにプルースト現象さえもっていない。

イタロ・カルヴィーノ

イタリアの国民的作家
イタロ・カルヴィーノ(1923-1985)


あるいは本質を知らない。
だから味わうことができない。

ところが茉莉さんだったらどうでしょう。

扉のうえに飾るのは古雑誌から切り取られたボッティチェッリの春。錆びたベルは音が鳴った気配だけを残している。恐るべきこどもは腐った雑誌にうずくまっている。たちまち白い上着の召使が一人、大きなお盆を持ってやってきて、パラソルに見立てるように黄色と橙色の縞模様のタオルをかけた丸テーブルにお盆と置くと、茉莉は腰掛けた。紅茶とミルク、それにスポンジーキがあった。あとはテーブルについてたべるだけだった。一人分の紅茶を注ぎ、ケーキを一切れとり分けた。・・・(略)・・・お菓子には薔薇の花びらを添えて、ミルク紅茶はプリンス・オブ・ウェールズ。その部屋にある全部がそうだった。一帯のゴミ畑なのに味わうことはできたのだ。

森茉莉の恋人たちの森。読み返すきっかけがあって、ハッと気がついたことがあります。

やはり森茉莉さんは恐ろしい。登場人物「植田夫人」は48歳。いまの私より若いこの夫人を徹底的に醜く描いているのです。美青年ギドウが、美しい植田夫人の醜い肥満がはじまって、少々倦怠気味になっている。

アンチエイジングを気にするお年頃の女性なら、グッとくる場面。さすが森茉莉。

森茉莉

晩年の森茉莉さん(1903-1987)
シャネル曰く生活、人生が顔にあらわれる


「醜い肥満が始まった夫人の体は、若いギドウの軽い嫌悪を呼び醒ましてゐる。それが夫人に鋭い苦痛を与え、技巧を多く必要とするやうになった夜の、又は午後の狂乱の中で、夫人の神経は尖り、研ぎ澄まされて、ゐた。」

かしずかれた令嬢の頃の森茉莉の零落ぶりを植田夫人の醜い肥満にたとえたのでしょう。

想像力の魔法で茉莉さんの周囲も読者も、それはお金はないけれど贅沢な精神で暮らしていると勘違いさせられている。

腐った畳にきのこが生えて、森茉莉はお風呂にも入らない。おぞましさと哀れさ。私にとって貧乏であっても贅澤な精神=清貧であって、清潔で美しいことです。森茉莉の美や贅沢サヴァラン、自由な精神を崇めている茉莉マニアには申し訳ないですが、やっぱりこの人は私にとってはボーダーの尺(尺度)だと思っています。

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記事 「バラを食べるマリア
記事 「アヴェ・マリア 森茉莉もしくは牟礼魔利(ムレ・マリア)

| Books & Writer | 19:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
レベッカより 「もう二度とない」

デュ・モーリア

著者 デュ・モーリア


18歳以前に一度読んだ記憶。モノクロの映画はたしかテレビのロードショーでヒッチコックの「レベッカ」を見ていた。それは小学生の頃?

レベッカ。ずっと愛読書のように・・・、お嫁入りのときも、息子が成人してからも、短大を卒業したときにもらったルーマニア製のガラスの扉のついた書棚に置いたままで。

二度目は30代?そして50を超えて3度目の読書。

成熟した読み手となってますますのめりこんだのは、「わたし」と亡くなった美しい前妻レベッカ、レベッカの忠実な使用人デンヴァース夫人との心理的葛藤とその秘密?

違う、違う、違う、違う、違うのです。

ヒッチコック 映画「レベッカ」

ヒッチコック 映画「レベッカ」


この成熟した年齢になって読み込んだのは、ホントに最初。マキシムへの恋の場面。本当にプロローグのあの場面なんです。

引用:茅野美ど里さん翻訳の「レベッカ」から
ついにその日が来てしまった。ここを去るのだ。何もかも終わりだ。あすの晩にはメードよろしく夫人の宝石ケースと膝掛けをもって、私は列車の中だ。

そうなんです。身寄りも家もない主人公「わたし」がヴァン・ホッパー夫人のコンパニオンでお給料をもらっていた物語のはじまりのこと。

モンテカルロでマキシムに会い、親切にされてからまもなく、ヴァン・ホッパー夫人は明日にはここを発つというのです。

主人公「わたし」は絶望。

引用:茅野美ど里さん翻訳の「レベッカ」から
彼は慣れ親しんだホテルの食堂のあの席でひとり本を読んでいて、わたしのことなど気にかけず、考えもしない。発つ前にラウンジで別れの挨拶くらいはできるかもしれないが、・・・(略)・・・
「ええ、お便りください」とか、
「ご親切にしていただいて、きちんとお礼を申し上げたことがなくて」とか「スナップ写真ができたら転送してください」、「でも宛名は?」、「連絡します」などとおきまりの言葉をかわすのだ。

そうです。自分ではどうしようもない身分と職業、そして相手にされないだろうその恋。突然の出発。なにもかもはじまったばかりだったのにね。

ヒッチコック 映画「レベッカ」のマンダレー

ヒッチコック 映画「レベッカ」のなかのマンダレー


だから、マキシムが自分がいなくなったあとも、そのことを別段気にすることもなく過ごす彼を容易に想像できますし、とりとめのない会話で終わるのが「私」には充分に理解しているのです。ある意味、分別があるのかと。

引用:茅野美ど里さん翻訳の「レベッカ」から
「あと四分半、それでもう二度と会えない」とわたしのほうは思いつめているのに。モンテカルロを発つことになり、二人の間も終わってしまうので、よそよそしさがしのびこみ、話すこともなくなってしまう。会うのはもうこれ一度きり、これで最後だ。
わたしの心は悲痛のあまり泣き叫んでいる。「愛しているの。胸が張り裂けそう。こんなこと初めて。もう二度とないわ。」

「愛しているの。胸が張り裂けそう。こんなこと初めて。もう二度とないわ。」

この気持ち。みなさん一度は経験されたでしょう。成熟した年齢になってこそなのでしょうが、マキシムの後妻となる「私」のこのときの受身の立場のつらい心理がよく伝わってくる。

若くもなく既婚者の私には、これからないだろうと思われる恋愛が、もしもの予感があれば、決して「一期一会」で終わらせたくないと思うかも(願うかも)しれません。

「もう二度とない」

私の年齢で誰かと恋愛がはじまれば、私もきっと同じセリフが自然に口をつくのでしょう。


ダフネ・デュ・モーリア
コメント:成熟した読み手となってますますのめりこんだのは、「わたし」と亡くなった美しい前妻レベッカ、レベッカの忠実な使用人デンヴァース夫人との心理的葛藤とその秘密?いえいえ。それは、「わたし」がモンテカルロを去らなければならないと夫人に告げられたあの場面です。

ダフネ・デュ・モーリア
コメント:「わたし」がはじめてみたマンダレー。生い茂る緑に囲まれ、美しい花々が咲き乱れ、そしてツツジの花。それが燃えていく。あの美しかったマンダレーはない。

| Books & Writer | 13:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アヴェ・マリア 森茉莉もしくは牟礼魔利(ムレ・マリア)

すさまじきもの、夢見る女性。枯れた薔薇。オレンジの紅。からっぽなカップル。女性のバックを持つ男。煙草を吸わない中年男に香りをつけない年増の女、搾乳した乳、そして匂いのしない赤ん坊

今日は夢みる女性のお話。森茉莉。もし生きていたら111歳。この時代に生きていたら人気ブロガーになっていたと思います。

彼女のエッセイは顔の見えない人に向かって、自分の夢を現実のように語っている。ちょっと謙遜や失敗談をわざわざはさみながら、ありえないホラの美欲を書いてます。

そしてその嘘と現実の境が本人も周囲もわからなくなっていることに、とても興ざめするのですが・・・。なぜか嫌悪を感じながらも森茉莉もしくは牟礼魔利(ムレ・マリア)を見届けたいと思うのです。

ちなみにエッセイより彼女の小説の方が好きですから〜。


•*¨*•.¸¸♥ •*¨*•.¸¸♥•*¨*•.¸¸♥ •*¨*•.¸¸♥1
茉莉もしくは魔利(マリア)


祝福されるマリア(アヴェ・マリア)とでもいたしましょうか。来る6月6日は森茉莉さん(1903-1987)の終の日です。ご存知のように森鴎外のお嬢さんとして誕生。

自分が特別だとアピールする場合に、「私は森茉莉に似ている」というように表現する人がいます。「我がままで」、「自由で」、「空想好きで(想像力豊かで)」、「子供のままで(純真で)」、「美しいものが好きで」とか。大体インテリや育ちのよさを誇りたいという人が多いです。

違いますよね。

よくいえば「自分にとっての最悪の状態で陶酔することができる」といえる人こそ。そんな人が「私は森茉莉に似ている」と言えるのです。

フランス文学者の山田珠樹と離婚したあと、佐藤彰氏と結婚。東京から離れて、ここには銀座がないとぶつぶつ言った森茉莉に、しばらく東京で暮らしなさいと言って追い払った佐藤氏はすごいです(笑)。

森茉莉生誕110周年記念「甘い蜜の部屋」展

昨年2013年
森茉莉生誕110周年記念「甘い蜜の部屋」展



このとき、ここは銀座という「茉莉のお散歩」ができなかった。きっとまだ陶酔するほどではなかったから。

なぜ?

貧乏ではなかったから?

そしていよいよ貧乏になる。このときこそ、フランス文学者の山田珠樹と暮らした巴里に幻を抱いた牟礼魔利(ムレ・マリアが、祝福されないマリアとして誕生するのです。

もっともインテリ女子もしくは似非インテリ女子に好まれているのは「贅澤貧乏」です。インテリか似非かの違いは「贅澤」か「贅沢」かくらいです。こちらのエッセイは1963年に刊行されています。


•*¨*•.¸¸♥ •*¨*•.¸¸♥•*¨*•.¸¸♥ •*¨*•.¸¸♥2
清貧ではなく貧乏晩年



「贅澤貧乏」〜最後のくだり
今日も牟礼魔利(ムレ・マリア)はお気に入りの洋服で緑と蘭草色の籠を下げ、下北沢へお出かけである。道すじにある貸本屋、鳩書房の女の子は、硝子扉の中から魔利(マリア)の通るのをみとめた。そしてこうつぶやいたのである、

「あら、牟礼さんが通るよ。この前持って行ったクリスティは、そうだ。今日で二百円になっているわ。どうするのかしら。暢気な顔をして、もう行ってしまった。おばあさんの割りのは足が速いわね。」

よく森茉莉もしくは牟礼魔利(ムレ・マリア)の貧乏を清貧と勘違いしている読者がいるようですが、美しき節約ではなく、お金を稼げないだけなんですね。

よく「子供のような」という表現を好む方がいらっしゃいますが、彼女は子供の「ままごと」とおなじく、空き瓶に砂をつめて生活をしていたのです。友人の室生犀星が茉莉の暮らしをみて、悲しみで一晩眠れなかったという逸話があるほどです。

森茉莉 渡仏での写真


森茉莉は小さい頃から鴎外がドイツにオーダーした子供服を着させられ、お手伝いに付き添われ、お嬢様学校を卒業し、17歳で嫁入りし、巴里で暮らして、教養と芸術、そして「本物」を理解しています。

茉莉の30年にわたる貧乏晩年は、そうした茉莉の履歴を失わずに、実際はゴミ部屋ならぬガラクタ部屋に住んでいて、それはもうお茶碗もコーヒーカップもガラクタで、後片付けや整理ができずに暮らしていのです。

美意識と本物を知っている履歴で、素晴らしい幻覚生活を過ごすことができました。ベッドに夥しい数のタオルをかけていたのは、天蓋つきのベッドのつもりだったのでしょうか。ただし趣味が悪いと思いました。

群ようこさんが、「森茉莉のように、生きたい」、「贅沢とは、贅沢な精神」だというのが理解できません。節約して極上のものを少しだけ揃えるという生活ではなかったのですから。腐りかけたゴミに埋もれた生活だったのです。ある意味すさまじい。「住んでいたアパートの部屋を再現してほしい」という読者は似非読者なのかしらん・・・・。


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茉莉の美意識


ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランの「美味礼讃」のごとく、森茉莉の「美学礼讃」もしくは「美意識礼讃」とでもいいましょうか。いえいえ、「気取りや礼讃」とでも。

■「ふだん何を食べているのか言ってごらんなさい、そしてあなたがどんな人だか言ってみせましょう」

茉莉の胡椒とトマトジュースもしくは「ふだん何を持ち歩いているのか言ってごらんなさい、そしてあなたがどんな人だか言ってみせましょう」

■「新しい星を発見するよりも新しい料理を発見するほうが人間を幸せにするものだ」

茉莉のドッキリチャンネルもしくは「新しい星を発見するよりも新しい噂を発見するほうが人間を幸せにするものだ」

■「消化不良に苦しんだり泥酔したりするものは、飲食の真髄をまったくわきまえていないのである」

茉莉と千利休もしくは「料理屋の料理に泥酔したりするものは、、飲食の真髄をまったくわきまえていないのである」

どうでしょう。

森茉莉全集復刊

生誕100年記念 森茉莉全集8巻 筑摩書房


最近の森茉莉の本の表紙をみるとガッカリで、欲しくても買いません。美意識がないですよ〜。中身と外見。ぜひとも一考して欲しいです。

そうでなければ森茉莉の著作本ではありえない。

巴里の思い出のベールに包まれて、それが表紙であり本のケースであって、森茉莉自身の生活が見えないようになるんですから。

ベッドの下には腐りかけた雑誌、ベッドの中で電話に手を伸ばしたままで発見された森茉莉。

森茉莉を気取る、あるいは似ているというのは、こうした生活の中でどれだけ幻覚が見れるのかという想像力。なければゴミ屋敷の女主人に他ならない。そして読者自体が森茉莉に錯覚し傾倒するほどの彼女の名文はいくつもあるのです。


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1987年6月11日 神戸新聞より
池田満寿夫「森茉莉さんの思い出」


山の頂の牟礼であってMouret であって?ムレは、フランスの地名でもあって人名でもありますね。

夢見る女って興ざめです。でも私も充分に夢見る女なんですね。そして、まだ森茉莉さんよりマシだわっと思ってみたりして。森茉莉さんはある意味で、尺(尺度)なんですね。

一歩間違えれば・・・だったり。

さて神戸新聞に森茉莉さんへの追悼文を池田満寿夫さんが書いています。萩原葉子さん(萩原朔太郎のお嬢さん)宅で会った茉莉さん(当時57歳)をとっても好きになった池田氏は25歳。

見出し 「バラを食べるマリア」 偉大な恐るべき子供
・・・(略)・・・かつて茉莉さんは永井荷風の孤独な死を称賛していた。

この続きはまた後日に。⇒記事「バラを食べるマリア」からどうぞ

| Books & Writer | 10:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
興ざめしないもの 匂いと香


すさまじきもの、夢見る女性。枯れた薔薇。オレンジの紅。からっぽなカップル。女性のバックを持つ男。煙草を吸わない中年男に香りをつけない年増の女、搾乳した乳、そして匂いのしない赤ん坊。

第25段のすさまじきもの(興ざめするもの)に倣って書き出したのは、これは建前のようなもの。本音は不快にさせてしまうので隠しておきますね。興ざめするものは裏をかえせばデカダンス的な解釈もしやすいものを選んだつもりです。

それで本題。最後の匂いのしない赤ん坊。おわかりかと思いますが、パトリック・ジュースキントの香水の主人公です。赤ん坊に興ざめしても、この1冊におさめられた彼の人生には興ざめしない。

数年前に読んだ本。ふたたび。
記事 パフューム

チャールズ・コートニー・カラン

薔薇の香 1902
チャールズ・コートニー・カラン


私が息子を生んだとき、赤ん坊の匂いを意識していたかなって思ったのですが、残る写真を見ていると、息子の顔や頭に自分の顔をくっつけて抱き寄せているものが多いです。

うふふ〜。可愛かった〜。

でもちっとも息子の香りは覚えていない〜。しいていえばミルクとおしめと涙と唾液と汗でしょうか。思春期から現在に至っては「男くさいお部屋の香り」〜と思っています。本書のキャラメルの香り?覚えてません。ちなみに松岡さんの453夜にある解説で、キャラメルの香りがしなかったというのが理由で、酢漬けのキャベツは神父の匂いです。間違えているようです〜。

息子が誕生して成人するくらいまで、私は香水をつけなかったのですよ。主人の煙草、私の化粧品の匂い、ヘアケアの匂い。それに混ざって香水をつけるほどでもなく、また息子に香害を与えたくなかったのもあります。

記事 危険も承知で 香りと煙草とオーガニック

最近、他人の匂いが良い香りに記憶されました。なんともいえないタバコのような、青いイチジクの葉のような匂い。あれはなんだったのかと未だに本人に聞けずわからないのですが。

口コミ タバコ・バニラ オード パルファム スプレィ


ジャン・ロベール・ピット編 パリ歴史地図 表紙


久々に図書館で借りてきたパトリック・ジュースキントの香水は、こんなにおぞましい結末だった?というように「匂い」と「香り」に再び視線が向きました。本当にこちらは興ざめしない!

ルカ・トゥリンが語る香りの科学。チャンドラー・バール著作「匂いの帝王学」(2003年刊行)で、ルカ・トゥリンが「グレープフルーツと熱い馬」と香りを講釈していますが、これってこの業界ではそう言われ続けているのでしょうか。

主人公グルヌイユに「汗みずくの馬の匂いは、ほころびそめたバラの蕾のういういしい香りに劣らずこころよい。」と言わせています。

主人公グルヌイユがフォーブル・サン・ジェルマンではじめて香水の匂いについて語っています。余談ですがレ・ミゼラブルのコゼットと結婚するマリウスを覚えてますか。彼の祖父はここに住んでいたのですよ。香水の裏表紙がパリ歴史地図(ジャン・ロベール・ピット編)と同じでした〜。

Perfume : The story of a Murderer by Patric Suskind

パヒューム ペーパーバック


香水より引用
・・・・馬車の革の匂いがした。お小姓のかつらにもこもったおしろいの匂いがした。高い塀をこえて庭園から金雀児やバラ、枝をつんだばかりのイボタノキの香りが流れてきた。うまれて初めて香水というものを、ことばの本来の意味で<嗅いだ>のは、この地に足をのばしてのことだった。・・・

実は私が使用している香水は、メゾンが別なのですが調香師が同じという香りがあります。どこか惹かれている香りは、お馴染みの調香師が選んだ素材でしょうか。

「香水」の主人公である調香師は、芸術としての調香師、香りを職業とする調香師ではありません。自己満足の調香師。ですが、彼を利用した人間たちも自己満足です。

記事の続きはネタバレです。

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| Books & Writer | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ソネットのダーク・レディ エリザベス・バーノンの肖像 描きこまれたシェイクスピア

Elizabeth Vernon, Countess of Southampton, bei der Toilette

エリザベス・バーノンの肖像 作者不詳
不思議な絵 その1 サウサンプトン伯爵夫人


このエリザベス・バーノンの肖像画は少なくとも3枚あるのです。顔、櫛が少しずつ違うんです。変わらないのは足元のパピヨンと思われる子犬と宝石類に右肘に描き込まれたシェイクスピアの横顔。


不思議な絵。画家は不明ですが、櫛を持つ肘にシェイクスピアの顔。

オスカー・ワイルドのW. H. 氏の肖像(The Portrait of Mr.W.H)は、シェイクスピアの「Mr.W.Hにささげるソネット」は、誰に捧げたものなのかという物語ですが・・・。ワイルドはウィリアム・ヒューズがその「Mr.W.H」に結論づけています。

エリザベス・バーノンの夫サウサンプトン伯ヘンリー・リズリー(Henry Wriothesley)も「Mr.W.H」の一人に挙げられています。


1590年のソネットにある「ダーク・レディ」は、シェイクスピアのパトロンサウサンプトン伯ヘンリー・リズリーの夫人だとも言われているようです。

シェイクスピアの恋人で、長女のペネロペは二人の子供とも言われています。そうするとペネロペはスペンサー家に嫁いでいるので、シェイクスピアはダイアナ元妃の先祖ということにもなりますよね?

でも、シェイクスピアの恋人は女性だけではないでしょう?「ダーク・レディ」は、男性ともとることができますね。

Henry Wriothesley, 3rd Earl of Southampton (Cobbe portrait)

不思議な絵 その2 サザンプトン伯爵 1590−93
まさかのコッブ画? ジョン・デ クリッツ


エリザベス・バーノンの夫のサザンプトン伯爵の肖像画です。女性の肖像画と間違われていたこともあるいわくつき。

エリザベス1世が溺愛したエセックス伯と親しかったサザンプトン伯爵は、女王廃位の陰謀に加担し、投獄されます。

最近になってこの肖像画もウィリアム・シェイクスピアの肖像とされる「コッブ画」なんていわれています。金のピアスをつけたシェイクスピアのチャンドス肖像画と類似しているからでしょうか。それともシェイクスピアの恋人だったのでしょうか。妻のエリザベスではなく。

Henry Wriothesley, 3rd. Earl of Southampton. (1573 - 1603) Attributed to John de Critz (1555 - 1641), April - June 1603

サウサンプトン伯と彼の猫(幽閉されたロンドン塔) 1603
サウサンプトン伯ヘンリー・リズリー(Henry Wriothesley)
ジョン・デ クリッツ に起因


こちらはサウサンプトン伯爵のもう1枚の肖像画。ボートンハウス所蔵のもので、ボートンハウスで公開されているものです。

サウサンプトン伯ヘンリー・リズリーがシェイクスピアのパトロンになったのは「ヴィーナスとアドーニス「(1593年)を献辞されたことによります。

それ以来いくつかシェイクスピアから献辞されています。



不思議な絵 その3 サウサンプトン伯爵の肖像画


同じくボートンハウス所蔵の「サウサンプトン伯」ですが、ボートンハウスで公開している肖像画と顔がちょっと違うんです。

エリザベス・バーノンといっしょで、同じなのに顔が違う。優しいお顔と厳しいお顔。

そしてサウサンプトン伯爵夫人エリザベス・バーノンには子犬、そしてサウサンプトン伯には猫。


この猫はロンドン塔に紛れ込んだ迷い猫だということですが。

サウサンプトン伯が投獄されて3年目に釈放される記念の肖像画。ボートンハウスで公開している肖像画に、作者不詳のエリザベス・バーノンの肖像があります。先にご紹介した「不思議な絵 その1 サウサンプトン伯爵夫人」なんですけど。

Elizabeth Vernon, Countess of Southampton boughton house

サウサンプトン伯爵夫人エリザベス・バーノン
1600年頃 作者不詳 ボートンハウス


1600年といえば、エセックス伯爵、サウサンプトン伯爵が有罪とされて死刑判決がでた年です。サウサンプトン伯爵は恩赦によって死刑は免れました。

この髪を梳かし、シェイクスピアの顔が描きこまれた肖像画は、夫サウサンプトン伯爵の幽閉の苦悩が見えませんねぇ。


サウサンプトン伯爵夫妻の肖像画と同じ時期に描かれた女性の肖像画があります。

「シェイクスピアの失われた英国:シェイクスピアとエリザベスの真実の歴史」のカバーイラストにもディティールが使用されています。

Portrait of a Woman 1590s Gheeraerts, Marcus the Younger Royal Collection

女性の肖像画 1590年頃 (エリザベス1世の寓意画?)
英ロイヤルコレクション マークス・ヘラートに帰属


エリザベス1世の寓意画ではないかともいわれています。碑文がよくわかりません。カルトゥーシュに取り囲まれた碑文です。最後にこの碑文をご紹介。

憂いの樹木の下には鹿に手を寄せ、クワガタや花鳥図のドレスをまとった女王は、真珠の首飾りを胸に、手に、描かれています。

サウサンプトン伯爵夫妻はエリザベス1世と近しい廷臣であって、サウサンプトン伯爵はエセックス伯爵とともに佞臣となってしまったのですね。

作者不詳のソネット(碑文)
The restless swallow fits my restless minde,
In still revivinge still renewinge wronges;
her Just complaintes of cruelty unkinde,
are all the Musique, that of my life prolongs.
With pensive thoughtes my weeping Stagg I crowne
whose Melancholy teares my cares Expresse;
her Teares in silence, and my sighes unknowne
are all the physicke that my harmes redresse.
My onely hope was in this goodly tree,
which I did plant in love bringe up in care:
but all in vanie , for now to late I see
the shales be mine, the kernels others are.
My Musique may be plaints, my physique teares
If this be all the fruite my love tree beares

コメント:オスカー・ワイルドのW. H. 氏の肖像にも登場するサウサンプトン伯夫妻。シェイクスピア、エリザベス女王を中心に、歴史や肖像画やソネットまで、真実を見つけ出した?おもしろい本です。英語苦手なのでよくわかりませんでした。

| Books & Writer | 21:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アガサ・クリスティー 「無実はさいなむ」 ヨブの苦悩

人間って、事実に基づいて意図された虚偽を信用しやすいですよね。それは殺人に限らず、噂や個人の評価など、人間の日常にも潜むものです。

「無実はさいなむ」では、身の証しを立てるために真実を語っても、自分や他の人々を貶める結果になることがあるということと、いつでも自分の手を汚さずに他の人の動機を利用する人間がいるという事実を示してくれます。



ウィリアム・ブレイク ヨブ記 イラスト


私たちは、いつでも逆手にとられる真実に、軋轢を持っているんですよね。つまりこの作品では、ヨブの登場で、罪無き者も抗う者も同じように滅ぼし尽くされることになるのです。

ヨブ記9ー20 (楓の意訳)
「私が正しさの証しを伝える度に、その開いた私の口は逆に背いた証しになってしまう。罪もないまま、曲がった者とされる。罪がないのかかどうかすら、もう私にはわからない。これで生きていけようか。だから私は言う。同じことなのだと。神は罪無き者も抗う者も同じように滅ぼし尽くされると」。



無実のジャッコが2階で「殺す」とわめいているのを聞いていた4人


原作とテレビの違いはミス・マープルの登場です。ノン・マープルの作品に、テレビではあえてマープルを登場させているのは、きっと愛読されて知られているミステリーのお終いまでをワクワクさせるためなんでしょうね。

「殺す」とわめいたジャッコとその殺そうとした場面を目撃した疑似家族たち。この冤罪を晴らさなくとも良かった人格のジャッコです。

ヨブの「私が正しさの証しを伝える度に、その開いた私の口は逆に背いた証しになってしまう。」というのは、なにもジャッコのことではなく、ジャッコが無罪だと知った証人キャルガリです。

彼の証言は、無実の人々を惑わせ、死に至らしめます。



左の後姿のレイチェルの夫リオ、殺されかけたレイチェル
デスクにはリオの秘書のグエンダ


殺人から二年後、ドラマで秘書のグエンダはリオと結婚することになり、ミス・マープルを招待します。

資産家アージル家は、レイチェルが子供を産めない身体だったので、養子です。原作からご紹介すると、貧民街で車で跳ねてしまったメアリをはじめ、戦災で養子にしたマイケル、ヘスター、ティナ、ジャッコの5人が養子になります。

そしてレイチェルの殺人に至るのですが、葬儀にジャッコの妻モーリンが訪れます。ジャッコはというと、アリバイを知るキャルガリが見つからず、無期懲役で病死します。

リオ、グエンダ、4人の養子たちとメアリの夫フィリップ・デュラント、そして家政婦。ジャッコが獄中で病死し、家庭の平和が保たれ、これまでの疑似家族が団欒のひと時を楽しむのです。

平和な暮らしを知ったアージル家にとって、キャルガリは「招かざる客」だったのですね。ジャッコが無罪だと知って互いに犯人探しをはじめます。

亡くなったレイチェルの疑似母性がつくりだした疑似家庭。レイチェルとジャッコから解放されたアージル家の人々は、キャルガリが真実を口にしたことで、ジャッコの無実に苛むのです。

リオはグエンダが疑われていることで彼女に家を出て行くように命じます。グエンダは不用意に真犯人が他にいることを告げて殺されます。犯人探しに熱中していたメアリーの夫フィリップも。

ところが、ドラマではメアリーの夫フィリップはへスターに心を惹かれ、ジャッコの双子のボブが銀器を持ち出し家を出ますが、ボートで転落し溺死。

そして原作と真犯人は同じでした。

ドラマの感想
殺人美学のない犯罪です。動機も年増の孤独さゆえにすがるような嫌らしさが目立ち、がっかりです。本当の人間性が露わになっていたのでしょうか。最後の真犯人の姿は小娘ならわかりますが・・・。当主のリオも情けない。グエンダが哀れですが、彼と結婚してもレイチェルと同じように不幸な結婚生活かもしれません。リオこそ、人間性が露わになったと思います。もっと魅力的に演出してほしい。

記事 青列車の秘密
記事 「象は忘れない」⇒慈善の殺人(お節介な殺人)




オリジナルと味付けが違いますが、テレビ版では、元修道院のネザー・ウィンチェンドンを舞台にしています。

テューダー朝のイングランド王エドワード6世の宮廷画家だったウィリアム・スクロツ(ギリアム・スクロツ 1537-1553)に起因する肖像画は、テレビでの「無実はさいなむ」を効果的に登場していますよね。魅力のないキャラクターよりずっと気になりました。

ラッセル家がベッドフォード公爵(Duke of Bedford)を、与えられたのが1551年です。1559年にティリンガム家に買い取られます。

Nether Winchendon House

ネザー・ウィンチェンドン ウェディング


この作品、4人の子供たちの一人が男子で、三人が女子だと思われると、誰が描かれているのかと思い、なかなか動画に熱中できませんでした。熱中できる内容ではなかったのですが。

予想ですが、ヘンリー8世と初代サフォーク公チャールズ・ブランドンの肖像画と考えると、中央はエリザベス1世ではなく、メアリー・テューダーでは?子供たちですが、チャールズ・ブランドンとメアリー・テューダーの4人の子供たちではなく、エリザベス1世、エドワード6世、ジェーン・グレイ、メアリー1世かと。

この同じ部屋にチャールズ2世っぽい肖像画もありました。

| Books & Writer | 22:54 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
1813年5月 ジェーン・オースティン 絵画展訪問の日

ジェーン・オースティンが1813年の5月にロンドンの「スプリング ガーデンズ」の絵画展に出かけたことを知りました。いくつかの絵画展と巡ったようです。姉カサンドラへの手紙にあるそうです。

ちょっとフランス語のwikiだったので詳しくはわかりませんが、どうやら彼女の作品に登場する人物たちをイメージした肖像画を見つけにいったらしいのですね。

aleiの記事にあったドゥギー・ホーナーのイラスト「高慢と偏見とゾンビ」に描かれた女性は、ウィリアム・ビーチーによる「マーシャ・フォックス」の肖像画です。

Portrait féminin peint vers 1810 par Sir William Beechey


ジェーンに似た感じの肖像は緑の縁取りの白いドレスを着た女性、エリザベスは黄色いドレスの女性の肖像画を「スプリング ガーデンズ」の絵画展で見かけたそうですが、「これだわ」とオースティンは決めていなかったらしいのですが、ウィリアム・ビーチーによる「マーシャ・フォックスの肖像画」は、白のドレスで、フランスのwiki(wikiの肖像画は上半身のみでちょっと黄色にもみえる色)でも紹介されていました。

同じロンドンのポール・モールで、ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)の肖像画からダーシーを見つけることができなかったとあります。

ジョシュア ・ レノルズ卿 (1723年-92)の肖像画の回顧展があったのです。ペル‐メル・ギャラリーで、1813年5月10日から1813年8月14日まで開催されたようです。

この日は、もちろんミセス・ダーシーとなったエリザベス、そしてミセス・ビングリーことジェーンを探しに。

まるで理想の恋人を空想するように、ジェーン・オースティンの中で、はっきりと輪郭や風采が思い描かれていたのでしょうね。いまどきの「脳内彼氏、脳内カノジョ」のように、オースティンが生み出した登場人物に、ピッタリの肖像画を見つけられなかったんですね。

「高慢と偏見」は10年以上も経って、トーマス・エガートンから出版されたのが1813年の1月。出版されてから、特定のモデルを探していたのは本の挿絵なんでしょうか。それとも結婚した二人の続編?を考えていたのでしょうか。

ジェイン・オースティン・ソサエティ・オブ・ジャパンのサイトから何か発見しようと思ったのですが、見つけられませんでした。

| Books & Writer | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |