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ジェルサンの看板

L'Enseigne


以前にワトー・ドレス(ヴァトー・ドレス)でもご紹介した、ジャン・アントワーヌ・ヴァトー(Jean-Antoine Watteau 1684-1721)の描いた「ジェルサンの看板」の作品。

ジェルサンの看板で、右下に描かれている犬。実はルーベンスへのヴァトーからのオマージュなんです。

ルーベンスの「マリー・ド・メディシスの戴冠式」に描かれている犬なんですね。マリー・ド・メディシスはルイ14世の祖母。この「犬」の反対側には箱に収められる「ルイ14世の肖像画」が描かれています。シャルル・ル・ブランかミニャールのルイ14世といわれています。


藁が詰まった木箱は棺。肖像画はルイ14世の崩御による旧体制の終わりを告げています。壁にはスペイン王の肖像画「フェリペ4世」。

肖像画のかかる壁と神話画がかかる壁。」、「ディアナとカリスト」らしきもの、「ニンフとサテュロス」、「ウェヌスとクピド」(ヴィーナスとエロス)、「ディアナの水浴」らしきものが描かれていますね。

その手前にワトードレスの女性とヴァトー自身が描かれています。

「ヴィーナスとマルス」が描かれているらしいですが、よくわかりませんでしたが一番上でしょうか。


こちら側にも神話画がかけられていますが、画商ジェルサン夫妻と顧客たちが描かれています。

「祈る修道士」、「酒に酔ったシレノス」が絵が掛けられています。

夫妻の描かれている壁側には下から「聖家族」、その上にはたぶんルーベンスの「パリスの審判」ではないかと。その隣には「レダと白鳥」、そして上の端には「凍えるヴィーナス」じゃないかと。

ジェルサンの看板は、2週間ほどで交換され、美術品収集家クロード・グルック・ゴブラン(1676-1742)に買い取られます。


ジェルサン夫妻は、小さなバニティミラーを顧客に向けています。絵画作品の解釈では、鏡に見入る姿は虚栄心を表すようですが、実際にジェルサンのお店ではこうしたアメニティを扱っていたのでしょう。

この時代のフランスはブルジョワ階級が生得的地位の貴族たちを脅かす存在。マリー・アントワネットを政敵にしたオルレアン公フィリップ2世の摂政時代です。ポンパドゥール夫人を寵姫にすえるルイ15世はまだ5歳を過ぎた頃。

啓蒙思想が席巻し、ヴォルテールの悲劇「オディプス」は、オレルアン公を風刺したとバスティーユに投獄されましたね。


クロード・グルック・ゴブランから美術品収集家ジャン・ド・ジュリエンヌが購入。フランソワ・ブーシェ(1703-1770)は、ジャン・ド・ジュリエンヌにヴァトーの原画の版画を手がけていました。

現在、シャルロッテンブルク宮殿の東側にあるフリードリッヒ二世の部屋の「ジェルサンの看板」は、1744年にコンサート室の装飾として購入しました。ジャン・ド・ジュリエンヌから渡ったそうです。

| ヴェルサイユの画家 | 21:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ジャン=マルク・ナティエ 肖像画 その2 ディアナ


JEANNE-ANTOINETTE POISSON, MARQUISE DE POMPADOUR (1722-1764)


ポンパドゥール夫人の肖像画
after Jean-Marc Nattier


以前の過去記事「私の時代 マダム・ド・ポンパドゥール」でご紹介したジャン=マルク・ナティエの肖像画。

追記:この最初の作品はジャン=マルク・ナティエの模倣作品になります。下記の作品の模倣ですね。

JEANNE-ANTOINETTE POISSON, MARQUISE DE POMPADOUR AS DIANA 1748

ディアナに扮したポンパドゥール夫人
Jean-Marc Nattier


PORTRAIT OF MADAME DE POMPADOUR IN THE GUISE OF DIANA

ディアナに扮したポンパドゥール夫人
Jean-Marc Nattier


そしてもう一枚、ナティエのポンパドゥール夫人の顔立ちとは似つかない「ディアナに扮した夫人」というタイトルの肖像画があります。

Portrait of a Woman as Diana Cleveland Museum of Art, Ohio

ディアナに扮した夫人
Jean-Marc Nattier


過去記事では、ポンパドゥール夫人と紹介しました。なぜかというと、他の画家が描いたポンパドゥール夫人の顔に似ているからです。

画家によってポンパドゥール夫人の顔立ちはかなり違いますが、どういうわけか、画家達はそれぞれポンパドゥール夫人らしからぬ顔を1枚は描いています。真実の顔なのでしょうか。


Jean Marc Nattier

婦人の肖像画
Jean-Marc Nattier
うえのディアナと同じ人物ではないかと

ナティエの貴婦人達の肖像画はこうした神話の女神にたとえて描かれているものが多く、フランス国王アンリ2世の時代に活躍した画家フランソワ・クルーエ、フォンテーヌブロー派に倣ったように見えます。

記事 ディアーヌ・ド・ポワチエ 三つの三日月
ナティエはポンパドゥール夫人以外の貴婦人達もディアナに譬えています。

MADAME ADELAIDE EN DIANE (1732-1799) ; DITE AUTREFOIS MADAME VICTOIRE

ディアナに扮したマリー・アデライード・ド・フランス


マリー・アデライード・ド・フランスの肖像画に関してはこちらからご覧ください。

記事 Jean-Marc Nattier ジャン=マルク・ナティエ 肖像画 その1

Museo Thyssen-Bornemisza, Madrid Retrato de Madame Bouret como Diana  1745

ディアナに扮するブーレ夫人
Jean-Marc Nattier

Madame de Maison-Rouge as Diana 1756

ディアナに扮するメゾン・ルージュ夫人
Jean-Marc Nattier

Madame Bonnier de la Mosson as Diana  1742 J. Paul Getty Museum, Los Angeles

ディアナに扮するボニエ夫人
Jean-Marc Nattier



 ジャン=マルク・ナティエ Jean marc nattier 作品記事
Jean-Marc Nattier  肖像画 その1
ジャン=マルク・ナティエ 肖像画 その2 ディアナ
ジャン=マルク・ナティエ Jean marc nattier  その3
ジャン=マルク・ナティエ その4 フランスの王女たち
ジャン=マルク・ナティエ その5 神話の女神

ナティエ Jean marc nattier
Jean-Marc Nattier style  ジャン=マルク・ナティエ スタイル
| ヴェルサイユの画家 | 01:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン Élisabeth-Louise Vigée Le Brun
これまでは、マリー・アントワネットのお抱え画家として、アントワネットの肖像画として紹介してきましたが、今回はエリザベト・ヴィジェ=ルブランの作品を紹介していきたいと思います。

 

Genius of Alexander I. Prince Heinrich Lubomirski
Prince Heinrich Lubomirski as the Genius of Fame

右:アレクサンダー大王に扮するハインリヒ・ルボミルスキ 1818
左:音楽の守護神に扮するハインリヒ・ルボミルスキ 1789

Flora ou Hebe

Flora ou Hebe
フローラまたはへーベー

Portrait of Anna Pitt as Hebe


Anna Pitt as Hebe 1792年
へーベーに扮するアンナ・ピット

French Princess Eudocia Invanovna Galitzine as Flora, 1799

French Princess Eudocia Invanovna Galitzine as Flora,
フローラに扮するエウドキア・イヴァノヴナ・ガリツィン 1799 

Marie-Antoinette, dauphine, en Hébé 1773女神へーベーに関してはこちら

過去記事
王太子妃マリー・アントワネット


寄り道ですが、彼女の寓意画はジャン=マルク・ナティエ(Jean-Marc Nattier)を思いだすんですね。「フローラまたはへーベー」はナティエも描いているテーマです。
Jean-Marc Nattier - Portrait of a Ladyジャン=マルク・ナティエ(Jean-Marc Nattier)の「婦人の肖像画」の花の鎖は、ボッティチェリの春も思い出しますね。ルブラン夫人の「フローラまたはへーベー」は、ドゥルーエのデュ・バリー夫人の肖像画も思い起こさせます。モデルは誰?
wiki によるとエリザベト・ヴィジェ=ルブランは、クロード・ジョセフ・ヴェルネ (Claude-Joseph Vernet)から、フランス、イタリアの絵画を学ぶように助言され、ガブリエル・フランシス・ドワイエン、ジャン=バティスト・グルーズなどからも習得したようです。

私が知っているのは、フランソワ=エリー・ヴィンセント(ヴァンサン)からは細密画を、モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール(Maurice Quentin de La Tour)からはパステル画の研究をしたことです。

画家で画商であるジャン=バティスト=ピエール・ルブランと結婚しましたが、夫や娘とは不和であまり恵まれた家庭生活ではなかったようですが、ルブラン夫人となってからは王妃マリー・アントワネットのお抱え画家となったことは、のちの亡命先でフランス宮廷を描いた画家ということで、ずいぶん歓迎されたようです。

Peace Bringing Abundance -1780

Peace Bringing Abundance 1780年

Portrait of Princess Maria Josefa Hermenegilde von Esterhazy as Ariadne on Naxos, 1793  Portrait of Princess Karoline of Liechtenstein née Countess of Manderscheidt, as Iris1793

Maria Josefa Hermenegilde
von Esterhazy as Ariadne on Naxos, 1793 

Princess Karoline of Liechtenstein née Countess
of Manderscheidt, as Iris1793


右はフランツ・ヨーゼフ1世 (リヒテンシュタイン公)の王女マリア・ヨーゼファ。エステルハージ家ニコラウス公の公妃となりました。

ナクソス島のアリアドネ(Ariadne auf Naxos )に扮したマリア・ヨーゼファー。最愛のテーセウスをクレーテーの迷宮から脱出する手助けをしたことで知られる女神をマリア・ヨーゼファーへのオマージュとして描かれています。

左がリヒテンシュタインのアロイス1世の妻カロリーネ。彼女の足が素足であることが問題となり、作品の下に靴を用意したと言われています。(笑)

虹の女神イーリスに扮したカロリーネです。

アロイス1世は、フランツ・ヨーゼフ1世 (リヒテンシュタイン公)の息子なので、2枚の作品の女性は義理の姉妹となります。

(C)www.costumes.org
この作品解説がなかったのでわかりませんが、たぶんフランス革命のときに亡命先での制作だと思います。

ナポリ、サンクトペテルブルグ、リヒテンシュタインなどを転々としたようです。

ロシア、ドイツ、イギリスなどでも裕福な貴族や王室、宮廷の女官などの肖像画の注文を受けていました。

ここまでご紹介している貴婦人たちの肖像画は寓意画ばかりです。亡命先ではナティエやドゥルーエ(ドルーエ)のように、神話の女神に扮した擬人化を好んで描いています。

エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランは、ナポリではハミルトン婦人の肖像画を多く残しています。

Elisabeth Vigée-Lebrun - Lady Hamilton as Ariadne

アリアドネに扮するハミルトン夫人


エマ・ハミルトン夫人(Emma, Lady Hamilton)は、レイノルズや、ホップナーやローレンス、そしてジョージ・ロムニーのモデルを務めていました。ジョージ・ロムニーは「キルケに扮するハミルトン夫人」を描いています。

この作品ではさきのエステルハージ公妃とおなじくアリアドネとして描かれています。

Lady Hamilton

Lady Hamilton as a Bacchante 1791
Lady Hamilton as the Persian Sibyl 1792


左が火山ヴェスヴィオ(ベスビオ)を背景にした酒神バッカス(ディオニューソス)の巫女として描いています。ワインと泥酔の神に理性を失った女性を重ねてしまいますよね。

右がペルシャの預言者シビルに扮するハミルトン夫人を描いています。

エマは、ハミルトン卿の甥の恋人でしたが、飽きられてハミルトン卿に贈られます。素性の知れない女性でしたので、上流階級からも宮廷からも疎外されますが、このナポリでは、マリー・アントワネットの姉、マリア・カロリーナが王妃でした。

Maria Karolina, Königin von Neapel und Sizilienこちらがエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランが描いた「王妃マリア・カロリーナ」です。

ハプスブルグ家 マリア・カロリーナ
ハプスブルグ家 マリア・アントーニア
マリー・アントワネットが愛したもの
のちにハミルトン夫人はこのナポリの地で、マリー・アントワネットの「皇女引渡しの儀」で偶然に不吉な装飾に目をとめた詩人ゲーテと出会います。のちにゲーテはイタリア紀行を刊行しますが、同行したティッシュバインは、ハミルトン夫人の肖像画を2枚描き、1枚はゲーテが所有していたといいます。

ハミルトン夫人はネルソン提督とのロマンスもあり、映画ではヴィヴィアン・リーが扮しました。

Elisabeth Vigee-Lebrun

左:Maria Carolina Bonaparte with her daughter 1809
中央:Madame Rousseau and her Daughter  1789
右:Marie-Antoinette and her Four Children 1787

中央が「マダム・ルソーとその娘」です。右は「マリー・アントワネットと4人の子供たち」です。空のベッドに亡くなった子供を描いています。

そして左は「ナポリの女王マリア・カロリーナ・ボナパルトと娘レティシア・ミュラ(Maria Carolina Bonaparte, Queen of Naples with her daughter Laetitia Murat)」です。アントワネットのナポリ王妃マリア・カロリーナの夫はナポレオンに退位させられます。この肖像画は、女王のように振舞うのがナポレオンの3番目の妹。実際にはジョアシャン・ミュラ元帥の妻です。

Elisabeth Louise Vigée-Lebrun, Madame Vigée-Lebrun et sa fille


 Madame Vigée-Lebrun et sa fille
左が「ルブラン婦人と娘ジーン・ルーシー」 1786年
右が「ルブラン婦人と娘ジーン・ルーシー」 1789年

この右側の画家自身とその娘「ル・ブラン婦人と娘ジーン・ルーシー」(1789年)はラファエロの聖母子に倣っているということです。
Madonna della Seggiola  1514 こちらがお手本になったラファエロ・サンティ(Raffaello Santi)の「椅子の聖母」です。ヨハン・ゾファニー (Johann Zoffany)の「ウフィツィ美術館の特別展示室」にも描かれてますね!
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランが描いた聖母(母と娘)のうちで、専門家は1789年のルブラン夫人と娘を指摘していますが、私自身がエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランの作品で、ラファエロの聖母子に似ているって思ったのが、こちらです。

Marie Louise Elisabeth Vigée Le Brun

Marie Louise Elisabeth Vigée Le Brun
title ?????


ベールを被り、服装と包みのための布でしょうか。色彩が似ています。

残念なことにタイトルがわかりません。ルブラン夫人のようにも見えますが・・・。違うようにも見えますよね。

さて、エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランは自分の肖像画も多く画いていますが、とくにピーテル・パウル・ルーベンスの「麦わら帽子(シュザンヌ・フールマンの肖像)」を倣うように描いた作品があります。

The Straw Hat


Peter Paul Rubens   The Straw Hat 1625年
Self-Portrait in a Straw Hat 1782年

ルーベンスのシュザンヌ・フールマンの肖像画ではフェルト帽子を被っていますが、18世紀になって「麦藁帽子」とよばれたそうです。

ルーベンスの背景の光彩と陰影は、ルブラン夫人にも自然に取り入れられ、空にかかるうっすらとした雲で表現されているということです。

当時のルーベンスが描く洗練された衣装は、ルブラン夫人によって受け継がれているように思いませんか? 宮廷や貴族のファッションやヘアスタイルなど流行を巧く取り入れていますよね。

この自画像では、そのひとつの「chapeau de paille (麦わら帽子)」を被っていますね。羽飾りはダチョウだそうです。互いの肖像画には肩掛けを印象的に付けて、ルーベンスは胸元を、ルブラン夫人はコルセットでしめた細いウェストをいつでも隠せるよう身につけている様子に見えます。

肖像画からの風俗

さて寓意画、自画像と続いてきましたが、風俗画としてルブラン夫人の作品を紹介します。ルブラン夫人と娘の肖像画もそのひとつでしたが。

The Marquise de Pezé and the Marquise de Rouget with Her Two Children, 1787

The Marquise de Pezé and the Marquise de Rouget
with Her Two Children, 1787


「ペゼ侯爵夫人とルジェ侯爵夫人の二人の娘」です。ボンネットが印象的に描かれています。天蓋のようなボンネット。後ろからかぶり首でリボンをしめるかたちを指しますが、どうやらうしろでとめているかたちですね。

そしてルジェ侯爵夫人と思われるもう一人はヘアに編みこまれた長い幅広のリボン。
Madame de Pompadour 一昔前のポンパドゥール夫人がかぶるっているのが基本的なボンネット。ルブラン夫人が描く時代は、ボンネットも華やかに変わっています。作品は、François-Hubert Drouais(ドゥルーエ)のポンパドゥール婦人の肖像画。
過去記事 マダム・ド・ポンパドゥール
こちらの作品もご覧ください。

左はルイーズ・マリー・アデライード・ド・ブルボン=パンティエーヴルの肖像画。ランバル公妃の義理の妹。パンティエーブル公の娘です。右がルイ16世の妹「マダム・エリザベート」です。

二人ともにボンネットを被っています。

Elisabeth Vigée-LeBrun


Louise Marie Adélaïde  ?年
Élisabeth Philippine Marie Hélène de France dite "Madame Elisabeth", soeur du roi Louis XVI  ?年

2001年公開でしたっけ?邦題 「グレースと公爵」です。実在したグレース・エリオットは、王党派でデュ・バリー夫人と同じ牢獄に入ることになるのですが、革命後は解放されます。そのグレースがヒロインだった映画では、エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランの肖像画に描かれるようなボンネットや麦わら帽子、絹のトリコットに農婦風のモスリンドレスを着ていました。

LANGLAISE ET LE DUC

(C)L'Anglaise et le Duc



エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランと同じ時代の女流画家には、アデライード・ラビーユ=ギアール(Adélaïde Labille-Guiard 1749-1803)がいます。アデライードには、マリー=ガブリエル・カペー(Marie-Gabrielle Capet 1761-1818)、キャロー・デュ・ローズモンド(Carreaux de Rosemond )がいました。

Self-portrait with two pupils by  Adelaide Labille-Guiard 1785

Self-portrait with two pupils
by  Adelaide Labille-Guiard  1785


アデライードは、キャンパスに向かい二人の弟子が後ろで見ている作品を仕上げました。

Atelier of an Artist. oil on canvas by Marie-Victoire Lemoine 1796

Atelier of an Artist
by Marie-Victoire Lemoine 1796


10年後。こちらはエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランの弟子のマリー=ヴィクトリア・ルモワンヌ(Marie-Victoire Lemoine)の作品で、「画家のアトリエ」です。アデライードとは反対に、中央にエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン(Vigée-Lebrun 1755-1842)がいて、左に弟子本人が描いている作品に仕上げています。

Élisabeth Vigée-Lebrun: Self-Portrait, 1800

Élisabeth Vigée-Lebrun: Self-Portrait, 1800


さらに4年後。ルイーズ・ヴィジェ=ルブランは自画像として、弟子の作品「画家のアトリエ」から、弟子が書き写しをしているキャンパスの課題を描いているルブラン自身を描いているのです。

おもしろいですね。



Portrait of Theresa, Countess Kinsky, 1793

Portrait of Theresa, Countess Kinsky, 1793


最後はこちらの姫君です。

ウィーンに亡命したエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランは、1793年にテレサの肖像画を描きました。

マリア・テレジア・フォン・キンスキーとアンジェイ・ポニャトフスキ公爵の子女にマリア・テレサという女性がいます。このマリア・テレサなのかはわかりません。

肖像画「テレサ・キンスキー伯爵夫人」の伯爵夫人は政略結婚で、教会の結婚式直後に、夫となった人が愛人のもとに去ったという不運な女性。

こんなに美しいのに!

エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランは、ヨーロッパを亡命しながら、多くの「女の一生」を描いてきた貴重な画家だと痛感いたしました。
| ヴェルサイユの画家 | 09:38 | - | - | pookmark |
フランソワ・デュモント(フランソワ・デュモン) 

François Dumont



Marguerite Gerard 
マルグリット・ジェラール


ジャン・オノレ・フラゴナールの妻の妹。そして画家の弟子でもあり、愛人でもあったマルグリット・ジェラール。

Portrait de Cherubini

Cherubini


もしかして、作曲家のルイージ・ケルビーニ(Luigi Cherubini)ですか?そんな、あまりに素敵に描き過ぎではないでしょうか!手元にあるのは間違いなく楽譜。若いケルビーニ。かっこよかったのですね。

Portrait de Madame de Saint Just, née Godard dAncourt

Portrait de Madame de Saint Just,
née Godard d'Ancourt


まさか、ルイ・アントワーヌ・レオン・ドゥ・サン=ジュスト(Louis Antoine Léon de Saint-Just)の奥様ですか?美男美女だったのですね。美貌と冷厳な革命活動ゆえに「革命の大天使 (Archange de la Revolution)」(恐怖政治の大天使)といわれたサン=ジュストは26歳で断頭台の露となっているのですが・・・。

Portrait de madame de Musset mère et de sa soeur

Portrait de madame de Musset mère et de sa soeur


こちらのミュッセ夫人は、ロマン主義の作家アルフレッド・ルイ・シャルル・ド・ミュッセ(Alfred Louis Charles de Musset)のお兄様、ポール・ド・ミュッセ(Paul de Musset)の奥様エイミー夫人とお嬢さんだと思われますが。

弟のアルフレッドがジョルジュ・サンドと恋愛していた時期があり、のちに彼女は「Elle et Lui 彼女と彼」(1859、ミュッセとの自伝的小説)を書きます。ノディエのサロン・ド・ラルスナル(Salon de l'Arsenal)やユゴーのセナークル(Cénacle)といったサロンに出かけていたアルフレドは、そこで出会ったのでしょうか。兄、ポールはサンドを相手にポールを擁護した話が有名です。

Portrait de la reine Marie Antoinette

Portrait de la reine Marie Antoinette


マリー・アントワネットの肖像画でもお馴染みのフランソワ・デュモント(フランソワ・デュモン)は、リュネビル(フランス、ムルト=エ=モゼル県)で、1751年に生まれました。





Queen Marie Antoinette Of France




Queen Marie Antoinette Of France


Marie-Antoinette and her children in the gardens of Trianon

Queen Marie Antoinette Of France




フランソワ・デュモントは5人の兄弟で孤児として育てられて、ジーン・ジラルデ(Jean Girardet )によって、リュネビル・アカデミーを卒業したようです。

その後、マダム・コスターの計らいで、フランソワはスタジオを与えてもらい、1784年から4年間、ローマで研究し、アカデミーの会員に認められて、ルーヴルのアパルトメントを提供してもらうことになりました。

Aristide et Bias Dumont

Aristide et Bias Dumont


画家アントワーヌ ・ヴェスティエ(Antoine Vestier)の娘と結婚をし、二人の息子(アリスティッドとビアスあるいはバイアス)が生まれました。

フランソワ・デュモント(フランソワ・デュモン)はフランスの最も偉大な細密画家のひとりでした。



Louis XVI, Marie Antoinette


頻繁に官展(サロン)に出品し、成功を収めたようで、ルイ16世とマリー・アントワネット、ルイ18世などの宮廷からの注文が多く、王族や貴族の肖像画を残しています。

J. P. Morgan(J. P. モーガン)が多くコレクションをしたようですが、息子のビアス・デュモント(Bias Dumont)もかなり相続をしており、現在はルーヴル美術館の所蔵となっています。

弟のトニー・デュモンはバイオリン奏者をよく描いていていますが、「デュモント(デュモン)」で紹介されていることが多く、フランソワと間違えることがあったようです。

デュモントの肖像画はフランシス・オードワン、ジャン=シャルル・タルデューによって描かれています。

François Dumontマリー・アントワネットはこちら

マリー・アントワネットが愛したもの
王大子妃マリー・アントワネット
マリア・アントーニア


| ヴェルサイユの画家 | 13:45 | - | - | pookmark |
フランソワ=ユベール・ドルーエ

François-Hubert Drouais

Children of the Duc d’Orleans  1762

Children of the Duc d’Orleans  1762


フランソワ=ユベール・ドルーエ (フランソワ=ユベール・ドゥルーエ )はアカデミー最高の地位についた画家です。

そもそもドルーエ家は、代々画業を継いできた名家。宮廷、貴族の御用画家で、ドルーエ(François-Hubert Drouais)はフランソワ・ブーシェ(François Boucher)のもとで学んだこともひろく知られていますよね。



The Duke of Berry and the Count of Provence
at the Time of Their Childhood  1757


この作品も非常に有名ですね。ルイ15世の孫、父はルイ・フェルディナン王太子、母がマリー=ジョゼフ・ド・サクスの三男でルイ16世となるルイ・オーギュスト。そして左にプロヴァンス伯の称号で呼ばれたのちのルイ18世。

本当に幼い。こんな可愛らしく描いて、未来の姿と重なりません。

そして過酷な運命が待ち受けている様子もなく、果実を手にしています。繁栄を意味しているのでしょうか。



François-Hubert Drouais 1727-1775.Portrait of a young woman as a Vestal

Portrait of a young woman as a Vestal


「純潔のベスタ(ヴェスタ)に扮した若い婦人」、あるいは「ベスタの処女に扮した若い夫人」になるこの肖像画のモデルはどなたでしょう。古代ローマの神殿ベスタに仕え, 聖火を守った6人の処女の純潔を象徴しているのでしょうか。製作年がわからないのですが、ロココ後期を過ぎたころでしょうか。



このベスタに描かれている女性は、ドルーエが描いたルイ16世の幼児とも、マリー・アントワネットやポンパドゥール夫人、デュ・バリー夫人と描き方がちょっと異なりますね。こちらはロココ時代の作品になるんですね。




左から 若い婦人の肖像画
バロネス・コンヤーズ アメリア・ダーシー嬢
デュ・バリー夫人


どちらかというと、うえの3枚の肖像画のほうが、ドルーエに多い印象がありました。以前の過去記事に使用したマダム・ド・ポンパドゥールの肖像画も描いています。左の夫人は「ベスタに扮したポンパドゥール夫人」です。

François Hubert Drouais 右:Madame de Pompadour  左:Madame Pompadour as a vestal

ポンパドゥール夫人


過去記事
「私の時代 マダム・ド・ポンパドゥール」
フランソワ・ブーシェによる肖像画のほか、ポンパドゥール夫人が所有していた作品なども掲載しています。




左からダギュランデス(d'Aguirandes)?侯爵夫人
コーモン・ド・ラ・フォルス侯爵夫人 1767年
ルイーズ・マリー・ド・フランス(ルイ15世の娘) 1763年


こちらもポンパドゥール夫人を描いた頃の雰囲気の肖像画。左下がマダム・ド・ポンパドゥール(製作年1763−4)、右は夫人とワインを争った、ロマネ・コンティのコンティ公(コンテ公)ではないでしょうか?タイトルはコンティ・ド・ヴォドルイユ(コンティ・ド・ボードワイエとも)です。1758年の肖像画です。2年後にセギュール家のワインをポンパドゥールとコンティ公の争奪戦がはじまるのです。






Left:François Boucher
Right:François-Hubert Drouais


左が師匠フランソワ・ブーシェ(1703-1770)の「モードの商人」です。右がドールエ(1727-1775)の「ある家族の肖像画」(1756年)です。似た構図ですが、まさかブーシェファミリー?

ロココ期に活躍したブーシェですが、フランスの時代は新古典主義へと変わっていきます。フランス革命後に描かれるナポレオンの肖像画は、ギリシア・ローマの回帰を象徴した新古典主義。アンピール様式へと時代がシフトしていきます。アングル(1780-1867)、ドラクロワ(1798-1863)がすぐそこに。



Mme Du Barry


ポンパドゥール夫人の亡き後のルイ15世の愛妾デュ・バリー夫人です。ブーシェのほかジャン=マルク・ナティエ(Jean-Marc Nattier 1685-1766)は、ルイ15世の娘たちやポンパドゥール夫人を神話の女神にたとえた肖像画をいくつも残しています。



王室肖像画家ナティェは、ドルーエの師匠ブーシェよりも先に生まれた画家。ドルーエも似た作品を描きあげています。

Madame du Barry en Flore auf einem Gemälde von Francois Hubert Drouais

Flore auf einem Gemälde
花の女神フローラに扮するデュ・バリー夫人




ドルーエの寓意画から神話などの擬人化を鑑賞できるものには、ベスタ、女神へーベー、フローラなどで、ナティェとおなじくルイ15世の王女たち、ポンパドゥール夫人、デュ・バリー夫人、アントワネットの肖像画に残されています。




右が1773年のマリー・アントワネット、左が1774年王妃となる年のマリー・アントワネットです。



 

女神へーベーに扮するマリー・アントワネット

こちらの記事をご覧ください。
王大子妃マリー・アントワネット





マリー・アントワネット 1781年


新古典主義といわれているようですが、ロココ後期から新古典前期になる前くらいかなって思っています。
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ゴーティェ・ダゴディ 二人の画家

Gautier dAgoty, Jean-Baptiste-Andre (1740-1786) - Portrait of a Lady, 1775, Versailles? Marie-Therese de Savoie (1756-1805) ?

Gautier d'Agoty, Jean-Baptiste-Andre
ジャン・バティスト・アンドレ・ゴーティェ・ダゴディ
「Marie-Therese de Savoie (1756-1805)」


ジャン・バティスト・アンドレ・ゴーティェ・ダゴディ(Jean Baptiste Andre Gautier d'Agoty 1740-1786)はマリー・アントワネットのほかデュ・バリー夫人などヴェルサイユを描いた画家の一人です。

Marie Josephine de Savoie by Jean-Baptiste-André Gautier dAgoty (1740-1786)

Jean-Baptiste-André Gautier d'Agoty
ジャン・バティスト・アンドレ・ゴーティェ・ダゴディ
「Marie Josephine de Savoie 」


うえの作品は「マリー・テレーズ・サヴォワの肖像」は、シャルル10世の妃です。下は姉の「マリー・ジョゼフィーヌ・ド・サヴォワの肖像」。ルイ18世の妃です。

Madame du Barry by Jean Baptiste Andre Gautier DAgoty

デュ・バリー夫人
ジャン・バティスト・アンドレ・ゴーティェ・ダゴディ


これまで二人のゴーティェ・ダゴディに悩まされ、ようやく自分なりに記事が書けるようになりました。推測なのでご容赦くださいね。

Jean-Baptiste-André Gautier dAgoty, Marie-Antoinette jouant de la harpe

ハープを弾くマリー・アントワネット
ジャン・バティスト・アンドレ・ゴーティェ・ダゴディ


たぶんジャン・バティスト・アンドレはジャック・ファビアン・ゴーティェ・ダゴディの5人の息子の一人ではないかと思われるのです。

Jacques-Fabien Gautier dAgoty

ジャック・ファビアン・ゴーティェ・ダゴディ
左 アントワネット 右 解剖学の女性の顔


ジャック・ファビアン ゴーティエ・ダゴティ(Jacques Fabien Gautier D'Agoty  1717-1785) のマリー・アントワネットの肖像画しか見ていなかったので、「解剖学」の作品から同一人物だと思えなかった。

Marie Antoinette by Jacques-Fabien Gautier DAgoty (1775) ?Gautier Dagoty (1740-1786)?

Marie Antoinette 1775

ジャック・ファビアン ゴーティエ・ダゴティ
Jacques-Fabien Gautier D'Agoty  ?
Jean-Baptiste Andre Gautier d'Agoty ?


この作品は非常に微妙で、wikiではジャン・バティスト・アンドレで、ほかの資料はジャック・ファビンになっています。もしかするとスケッチとペイントをそれぞれで製作したのかもしれませんね。


ジャン・バティスト・アンドレの「ハープを弾くマリー・アントワネット」の拡大ですが、どちらが画いたかはっきりしない1775年の肖像画ですが、比べるとジャック・ファビンではないかと思います。



次のアントワネットの肖像画は確実にジャック・ファビン?。

Marie Antoinette by Jacques-Fabien Gautier DAgoty (1775)

Marie Antoinette
ジャック・ファビアン ゴーティエ・ダゴティ
Jacques-Fabien Gautier D'Agoty


この作品はエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン(Élisabeth-Louise Vigée Le Brun)で紹介しているサイトもあります。



saiとalei にずーっと、「解剖学のゴーティエ・ダゴディがアントワネットを画く?違うんじゃない?」と最初の記事から言われ続け、でも資料にはこの人の名前が載っているし・・・と思っていたところ、二人とも確かに王妃を描いているのですが、二人の作品を一人のゴーティェ・ダゴディと勘違いしておりました。

sai や a-lei にかわりに記事をお願いしたら、見事にふられたので、ちょっとだけ紹介します。

Anatomical painting of pregnant womanBy Jacques Fabien Gautier D’Agoty (1717-1785)

Anatomical painting of pregnant woman
ジャック・ファビアン・ゴーティェ・ダゴディ
Jacques Fabien Gautier D’Agoty (1717-1785)


ヴィクトル・ユゴーに「自然分娩は出産の天才である」という言葉がありますが、お腹の胎児の様子を描いたり、ちょっと紹介したい作品の路線が違います。(苦笑)

ゴーティエ・ダゴティの「解剖学図解」は1759年に出版されているようですが、ポスターで手に入るペイントされた「女性の妊娠の解剖学」の顔と、アントワネットの顔の描き方が似ているので、同一人物かと。



Jacques-Fabien Gautier DAgoty ? Jean-Baptiste-André Gautier ?

Marie Antoinette
Jacques-Fabien Gautier DAgoty ?
ジャック・ファビアン・ゴーティェ・ダゴディ


この正装したマリー・アントワネットは、ポスターではジャック・ファビン・ゴーティェ・ダゴディで表記されています。

でも、「ハープを弾くマリー・アントワネット」の顔のほうに似てる気がするんですよね。ジャン・バティスト・アンドレ・ゴーティェ・ダゴディの顔っぽいんですよ。

不思議な二人の画家ゴーティェ・ダゴディです。誰か教えてくださいな。
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