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デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ・キャヴェンディッシュ

Joshua Reynolds - Georgiana, Duchess of Devonshire  Henry E. Huntington Art Gallery, San Marino, CA, USA

デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ・キャヴェンディッシュ
1775 ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
ヘンリー・E.ハンティントン アート・ギャラリー(美術商)


フランス王妃マリー・アントワネット(1755-1793)と同じ世代を生きたもう一人のファッションリーダー、デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ・キャヴェンディッシュ(1757-1806)は、膨大な借金を抱えて亡くなっています。

許されるただひとつの理由は、国民の税金ではなかったこと。

現代も古い時代も女性は服飾費に一番お金をかけることは同じなんですね。子供や夫はユニクロで充分と思っているのは私だけでしょうか。

Thomas Gainsboroguh Georgiana Duchess of Devonshire 1783 National Gallery of Art, Washington, D.C

ジョージアナ・キャヴェンディッシュ (デヴォンシャー公爵夫人)
1783 ロンドン国立美術館
トマス・ゲインズバラ(Thomas Gainsborough)


トマス・ゲインズバラによる肖像画は、盗難にあったもう一枚の作品とほとんど同じ巻毛のスタイルです。これを映画「ある公爵夫人の生涯」でジョージアナを演じたキーラ・ナイトレイは、あるシーンでこのヘアスタイルを表現しています。私、このスタイルを「ジョージアナ ロールヘア」と命名したいです。

実はこの映画は見ていません。

このシーンの予測ですが、第2代グレイ伯爵チャールズ・グレイ との不倫で誕生したイライザ・コートネイでしょうか。

それとも娘ジョージアナ(1783年 – 1858年)、ハリエット(1785年 – 1862年)、後継ぎになる第6代デヴォンシャー公爵ウィリアム?

The Duchess (2008), played by Keira Knightley. The film, directed by Saul Dibb, is based on the biography Georgiana, Duchess of Devonshire by Amanda Foreman


この頃のフランスでは、アントワネットがファッション・リーダーですが、デヴォンシャー公爵夫人が描かれた1783年の肖像画と同じ年に描かれた人物。それがルブラン夫人のアントワネットの肖像画です。

デヴォンシャー公爵夫人と親友エリザベスがパリに行ったのが1789年のこと。ちょうどフランス革命が勃発したのが7月ですから、まだマリー・アントワネット自身も革命が起こるなど思っていない頃だと思います。

ファッション・リーダーで、ギャンブル好きの浪費家のデヴォンシャー公爵夫人は、王妃アントワネットに好意と親近感をもったことでしょう。

王妃が断頭台で消えたとき、デヴォンシャー公爵夫人は寝室で王妃の姿を見たという話しもあります。

Queen Marie Antoinette of France ,also called Marie Antoinette with a rose  Vigee-Lebrun 1783

ヴェルサイユ宮殿美術館写真画像
薔薇を持つマリー・アントワネット王妃 
ルブラン夫人 Louise Vigée Le Brun


マリー・アントワネット
のヘアースタイル「パフ」(puffery)も有名ですが、ジョージアナの肖像画も「パフ」のヘアスタイル。

上に高く高く結った髪型を「パフ」といいますが、同じ頃英国でもさかんだったのです。フランスでは奇抜なものになっていったのは1760−70年代です。

どちらかといえば英国ファッションはフランスに比べて簡素なスタイルで、1780年からは、フランスでも英国ファッションが流行しはじめました。

映画「ある侯爵夫人の生涯」のジョージアナ(キーラ・ナイトレイ)は、ポンパドゥール夫人の時代にも流行したムーシュ(パッチ)を口元につけています。つけぼくろです。

フランスに比べると簡素な英国ファッション時代ですが、ジョージアナのファッションに費やす金額は相当なものでした。

Georgiana puff

キーラのジョジアーナとレイノルズのジョジアーナ
二人とも「パフ」のヘアスタイルです。

Portrait de Marie-Antoinette Exécutant RIBOU Jean Marie

アントワネットのパフ Marie-Antoinette  puff style
by ジャン マリ リボウの作品ではないかと


フランスではマリー・アントワネットの「パフ」が流行。その記事は「マリー・アンワネット(Marie-Antoinette )のドレス ローズ・ベルタン」からどうぞ。

ジョージアナはファッション・リーダーであるだけではなく、イギリスの政治にも深く関わってきました。ダイアナ元妃の出身であるスペンサー家に生まれたジョージアナ。当時のジョージ三世と対立するホイッグ党員の家。

まるで彼女がウーマン・リヴの先駆者だったような記事もありますが、「投票の呼び水」として活動していたと私は見ています。

つまり政権の中枢機関に深く関わっていたわけではなく、政権の中枢の人物に深く関わっていたと。

従弟チャールズ・ジェイムズ・フォックスは外務英連邦大臣に3度就任しており、いずれも他の外務英連邦大臣より短い半年以内。このホウィグ党チャールズ・ジェイムズ・フォックスの支援が彼女の政治活動です。

Thomas Rowlandson - Vaux-Hal 『In the supper-box on the left we see, reading left to right, James Boswell, Mrs Thrale (who appears twice), Dr. Johnson, and Oliver Goldsmith. The ‘macaroni’ Captain Edward Topham (scandalmonger to The World) is quizzing Georgiana, Duchess of Devonshire and her sister Lady Duncannon (Sheridan’s Lady Bessborough), watched by a naval figure with an eye patch and a wooden leg (not included in the Mellon version), always called Admiral Paisley, but Paisley did not lose his leg and eye until 1st June 1794, so it cannot be him. To the left of him, a young girl (a young boy in the Mellon version) holding the hand of a man who could be the comic actor, William Parsons, or Rowlandson’s friend Jack Bannister.

Peering at the two ladies from behind a tree is a figure traditionally, though improbably, identified as Sir Henry Bate-Dudley, the ‘Fighting Parson’, editor of the Morning Herald; he is more likely to be Thomas Tyers (son of Jonathan Tyers the great entrepreneur and proprietor of Vauxhall Gardens from 1729 until 1767) who stands next to the Scotsman James Perry, editor of the London Gazette. The couple on their right could well be the artist himself and his current girlfriend. and to the right of them stands the actress Mary ‘Perdita’ Robinson, with her husband on her right and the Prince of Wales (later George IV) on her left.

Looking up at the singer, the couple on the extreme left, have been identified as the actress Miss Hartley, in company with one of her many admirers, possibly Mr. Colman, but, suggested by their position apart from the crowd, they could also be members of the Tyers family (most likely Jonathan jr. and his wife Margaret, or their son-in-law Bryant Barrett and his wife Elizabeth. The large lady seated at the table on the right is Mrs Barry, the old Madam of Sutton Street, Soho, with two of her customers and one of her girls.

In the orchestra, we can see Jacob Nelson, the tympanist, who had played at Vauxhall since 1735, and died there after fifty years' performing, Mr Fisher on oboe, probably Hezekiah Cantelo and Mr. Sargent on trumpet, and Barthélemon, the leader, who retired in 1783. James Hook, the composer, organist, musical director and prolific song-writer, may be seen between Barthelemon and the singer, the 38-year-old Frederika Weichsell, who was Rowlandson’s next-door neighbour in Church Street, and the mother of Mrs. Elizabeth Billington. Elizabeth had just (aged 18) married James Billington, a double-bass player, in 1783, much against her parents’ wishes.

A number of those present in this scene had already died by the time Rowlandson produced the painting, and the affaire between the Prince and Perdita Robinson was already over.

Although there is no direct evidence for this, it seems likely, because of the dating, and because of the central position of the singer, that the painting was created by Rowlandson as a retirement gift for Frederika Weichsel, whether from him personally, or specially commissioned by the proprietors of the gardens. by wiki』

ヴォクス・ホール トマス・ローランドソン (諷刺、挿絵画家)


alei がおしえてくれた一枚の作品。ここには英国の名士、文化人、有名人が描かれているそう。女優、喜劇俳優、博士にのちのジョージ4世までも描かれています。このカラー版は「ギャンブラー デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ・キャヴェンディッシュ」から。

12世紀のフォーク・レ・ブレアントの館「フォークス・ホール」が「ヴォクス・ホール」と呼ばれ、ジョージアナの時代には演奏会などが行われたそうです。

この作品の主人公は円弧のバルコニーにいる独唱者フレデリカです。バルコニーの下にいるのがジョージアナと妹のアンリエッタ。

優雅な立ち居振る舞いと洗練されたマナーに、政治議論を戦わせるほどの豊富な知識を持つ女性たちの一人でもあり、こうした上流階級や名士が集まるところには必ず現れ、いつでも公衆の面前で注目されていました。

Lady Elizabeth Montagu, Duchess of Buccleuch and Queensberry

エリザベス・モンタギュー(バクルー伯爵夫人、クイーンズベリ公)
トマス・ゲインズバラ(Thomas Gainsborough)
c. 1767 ボウトンハウス所有


18世紀、英国ばかりではなく、フランスでも流行したサロン。そのサロンの女主人もそうした類でしょう。貴族や文化人、学者、作家らを招いて、知的な会話や政治議論をする社交場。

フランスのサロンは17世紀初めのランブイエ侯夫人、18世紀のジョフラン夫人、ロラン夫人にラ・ファイエット夫人やポンパドゥール夫人。そしてそのあとの時代のレカミエ夫人が有名です。

英国ではサロンではなく男性が主役のクラブが主流でした。それでもホームズなんかのお話に英国の女主人のサロンもでてきます。

たぶんデヴォンシャー公爵夫人のフランス風サロンは数少ないサロンだったに違いないかと。

Portraits in the Characters of the Muses in the Temple of Apollo by Richard Samuel 1778 National Portrait Gallery, London

アポロンの神殿のムーゼたち 1778
リチャード・サミュエル
ロンドン国立肖像画美術館


この同時代に英国でもっとも知的なサロン文化を代表するのが、女流作家たちが集った「ブルー・ストッキング」ですね。

イギリスで女性に参政権が付与されていないこの時代に「ウーマン・リブ」と称されていいのは、デヴォンシャー公爵夫人よりも「ブルー・ストッキング」のメンバーだと思います。

ロンドン国立肖像画美術館の解説にもありますように、英国ロココの画家たちの肖像画にも描かれているレイディ・メアリ・ワートリ・モンタギュ、エリザベス・モンタギュー夫人、シャポーネ夫人、キャサリン・マコーリ、ハナ・モアなどがいます。

ちなみに左側のイーゼルに向かっている画家は女流画家アンゲリカ・カウフマンです。

サロンの女主人止まりのデヴォンシャー公爵夫人か、著作で名を残したエリザベス・モンタギュー夫人かとなると、後者の方が美貌と才能を開花させた夫人となるでしょう。

Lady Georgiana Spencer by George Romney, 1771

ジョージアナ・スペンサー(結婚前) 1771
ジョージアナの傍系子孫にあたるダイアナ元妃
 ジョージ・ロムニー 所蔵先不明


映画にもなったデヴォンシャー公爵夫人ですが、彼女の魅力は現代で活躍している女性達の悩みのひとつとあまり変わらないところでしょうか。

崩壊する結婚生活、ファッション三昧と多額のローン、不倫の出産。

決してそれは当時進歩的だったとか歴史を変えたとかというものではありません。才色兼備であったにも関わらず、その知識と教養は後世に語り継がれるほどのものではないのです。

彼女が人目を集めたのは、ハンサムガールとよばれるほどの堂々とした態度と演説を披露できる人脈。人をうっとりさせるその美しさとファッション・センス。そしてゴシップ好きな人々に格好のスキャンダル。

ジョージアナは夫の愛人で親友のエリザベスと連れ立って歩く肖像画や諷刺画がとても多いのです。政治的活動や堂々としたハンサム・ガールのスーツ姿などは見当たりません。

Keira Knightley as Georgiana

ジョージアナに扮するキーラ・ナイトレイ
Keira Knightley as Georgiana


肖像画にはありませんが、当時のジョージアナの服装が再現されている映画「ある公爵夫人の生涯」です。

ジョージアナを演じるキーラ・ナイトレイが着ているのは、スペンサー・ジャケット。

スペンサー家出身のとおり、スペンサージャケットを着ていますが、ジョージアナの弟スペンサー伯爵(1758〜1834)が愛用したことでその名がついたのです。

ジャケットはもともとメンズのアイテムですが、ジョージアナも男女ともに流行したこのジャケットを身につけています。

スーツ姿のハンサム・ガールというジョージアナ像はこういう感じなんですね。

Georgiana, Duchess of Devonshire (1757-1806) The Royal Collection Anne Mee

デヴォンシャー公爵夫人
ジョージアナ・キャヴェンディッシュ (1757-1806)
1816  アン・ミィ  ロイヤル コレクション


デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ・キャヴェンディッシュの亡くなったあとに描かれた肖像画です。

デヴォンジャー夫人が亡くなったあとには、莫大な資産があるのにもかかわらず、莫大な借金が残ったそうです。

そして彼女のあとにデヴォンシャー公爵夫人となったのが、親友エリザベス・フォスターでした。

フランスのマリー・アントワネットと同じ時代を生きたジョージアナ。王妃と同じように、借金、ファッション、ギャンブル、スキャンダルの諷刺画が出回ったりしましたが、ただひとつ違ったのは、人から憎まれることなく、愛されていたようです。

Thomas Gainsborough Lady Georgiana Cavendish & Marie Antoinette in a Muslin dress  Louise Vigée Le Brun


記事「トマス・ゲインズバラ(Thomas Gainsborough)」でも取り上げた二枚です。左がゲインズバラの描いたデヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ・キャヴェンディッシュで、右がご存知のとおりルブラン夫人の王妃マリー・アントワネット。

この二枚似ていませんか?

デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ・キャヴェンディッシュは、ベル薔薇ファンの皆様と同じく、きっとマリー・アントワネットのファンだったのでしょう。

思うんですけど、ゲインズバラにアントワネットと同じ肖像画を描いてと頼んだのか、ゲインズバラが気を利かせて描いたのか、どちらにしてもアントワネット投影画ではないでしょうか。

アントワネットの持つ薔薇はこちらの記事から。
ルドゥーテのロサ・センティフォリア

sai 記事 アップ!
魔女の肖像画 デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ・キャヴェンディッシュ

| ロココ 英国の美女 | 23:32 | comments(4) | trackbacks(2) | pookmark |
ロココ 英国の美女 ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)

Miss Anna Maria Patten 1784 The North Carolina Museum of Art

アンナ・マリア・パタン
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
ノースカロライナ美術館


ジョシュア・レノルズの女性の肖像画で、楓の一押しの作品。活き活きしていて彼女がこちらを見るのではないかという期待が生まれてくるのです。

Portrait of Mrs. Charles Ogilvie  1762 Kemper Art Museum

チャールズ・オギルヴィー夫人 1762
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
ミルドレッド・レーン・ケンパー美術

Suzanna Beckford-1756-Tate Collection Suzanna SirJoshuaReynolds-Mrs Francis Beckford, 1756

スザンナ・ベックフォード(フランシス・ベックフォード夫人) 1756
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
テート・ギャラリー

Nelly OBrien (d. 1768)Hunterian Museum & Art Gallery collections

ネリー・オブライエン
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
ハンタリアン美術館

Kitty Fisher and parrot, by Joshua Reynolds  Trustees of the Bowood Collection, Bowood House, Wiltshire, England

キティ・フィッシャーと鸚鵡
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
ボーウッド コレクション


マザー・グースの歌にも登場するキティ・フィッシャー。「記事 画家に愛されたキティ・フィッシャー」から。

Lavinia Countess Spencer

レディ ラヴィニア・ビンガム
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
所蔵先不明


ジョージアナ・キャヴェンディッシュ (デヴォンシャー公爵夫人)の弟ジョージ・ジョン・スペンサー (第2代スペンサー伯爵ジョージ) の妻となった、ラヴィニア・ビンガム嬢です。ジョジアーナの義理の妹で、故ダイアナ元妃は直系子孫になります。

ウォルドグレイヴの三姉妹の一人も故ダイアナ妃の先祖になります。ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)の肖像画がありますのでごらんください。

記事 マリア・ウォルポール(ウォルドグレイヴ伯未亡人)

Georgiana Duchess of Devonshire 1775. Sir Joshua Reynolds Henry E. Huntington Art Gallery, San Marino, CA, USA

デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ・キャヴェンディッシュ
1775 ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
ヘンリー・E.ハンティントン アート・ギャラリー(美術商)


彼女の記事を書こうと思いつつまだ中途半端。予告記事はアップしたものの・・・・

予告記事「イギリス誌 テレグラフ マガジンの表紙

Reynolds, Joshua  Portrait de Mrs Richard Bennett Lloyd of Maryland 1775-76 Private collection

リチャード・ベネット・ロイド夫人 個人所蔵
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)


LLOと木に刻んでいるロイド夫人。綴りの続きは何んでしょうか。

Isabella Lady Beaucha 1777

レディ ビューチャンプ イザベラ・アン=イングラム
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
所蔵先不明


彼女はフランシス・シーモア=イングラム(第9代アーヴァイン子爵?)と結婚後に、ジョージ4世に見初められたほどの美人。

Reynolds, Sir Joshua Jane, Countess of Harrington 1775 Earl and Countess of Harewood, Harewood House, Yorkshire, UK

チャールズ・スタンホープ第3代ハリントン伯爵夫人
ジェーン・フレイミング 1775
ヘアウッド ハウス 所有


レイノルズが複数の肖像画を描いているハリントン伯爵夫人。彼女のもう一枚の作品は「アカデミック ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)」から。

Elizabeth Gunning, Duchess of Hamilton and Duchess of ArgylReynolds Elizabeth Gunning, Duchess of Hamilton and Duchess of Argyll 1760 Sir Joshua Reynolds Liverpool museums

エリザベス・ガニング(マリア・ガニングの妹)
ハミルトン公爵夫人、キャンベル公爵夫人
リヴァプール美術館


キティ・フィッシャーの宿敵はエリザベスの姉マリア・ガニング。記事はこちら「英国 伝説の美女 ガニング姉妹」から。

Kimbell Art Museum Possibly Elizabeth Warren

エリザベス・ウォーレン夫人
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
キンベル美術館所蔵


Anne Dashwood (1743?1830), Later Countess of Galloway 1764 The Metropolitan Museum of Art.

アン・ダッシュウッド ギャロウェイ伯爵夫人
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
メトロポリタン美術館


こちらは何か寓意的な印象を受ける肖像画。何を手にしているのかわかりません。

Juno Receiving the Cestus from Venus Sir Joshua Reynolds

孔雀を従えたヘラに帯を渡すヴィーナス
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
所蔵先の美術館がどこだったか・・・


ジョシュア・レノルズの寓意画、神話画、歴史画はこちら。
記事 「アカデミック ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
| ロココ 英国の美女 | 18:53 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
英国 伝説の美女 ガニング姉妹

Elizabeth Gunning, Duchess of Hamilton, 1733 - 1790 : commissioned by James, 6th Duke of Hamilton Gavin Hamilton Scottish National Portrait Gallery

エリザベス・ガニング
ギャビン・ハミルトン
スコットランド国立肖像画美術館


ガニング姉妹はのちに姉マリアは伯爵夫人、妹エリザベスは公爵夫人となる二人の姉妹ですが、生れ落ちたガニングの家は貧しい環境でした。

マリアの宿敵となる娼婦キティ・フィッシャー。貧しい家庭の口減らしは娼婦になるか、女優になるか。

ガニング姉妹は女優の道へ進みます。旅する女優。ピーターシャム子爵夫人の城では、ジュリエットにマクベス夫人の衣装を身につけ、ロンドンまで評判となります。

姉マリア・ガニング(1733−1760)の肖像画はほとんど残っていません。27歳でこの世を去ったのです。マリアはフランスでもイギリスでも評判の美人でした。

Maria Gunning  Maurice Quentin De La Tour

マリア・ガニング
モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール
所蔵先不明


ポンパドゥール夫人の肖像画を描いたフランスの画家モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥールのマリアの肖像画があります。

マリアは1752年に第6代コベントリー伯爵と結婚をしました。コベントリー伯爵がマリアの頬紅をハンカチでこすり落としたという逸話がありますが、姉妹そろってファッション・リーダー。白粉に頬紅、そして流行のドレス。

ところがマリアにはそれが命とりとなりました。

中世ヨーロッパでは白鉛の白粉、日本の江戸では水銀の水白粉は鉛中毒を起こし、死に至る危険な美の起源の産物でした。

マリアの過剰な白粉は、死の起因となったのです。

一方エリザベスも、1752年頃にハミルトン公爵と出会い結婚します。彼が亡くなったあとにはローン候ジョン・キャンベルと結婚。

Lady Elizabeth Hamilton (1753?1797), Countess of Derby, 1776?78 The Jules Bache Collection

長女 エリザベス・ハミルトン ダービー伯爵夫人
1776−78
ジョージ・ロムニー メトロポリタン美術館?


彼は1770年に父の後を継ぎ、アーガイル公爵となり、マリア・ガニングはアーガイル公爵夫人として有名になります。

彼女は男女あわせて8人の子を出産します。ハミルトン家では3人が誕生。長女のエリザベスの肖像画が残っています。

一枚は幼女の頃のエリザベス。これはジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)が描いた肖像画。もう一枚はジョージ・ロムニーでダービー伯爵夫人として。

キャンベル家では5人。その中で女性の肖像画に残っているのがシャーロット・キャンベル嬢(1775–1861)。

シャーロット・ベリーという名で英国の小説家のリストにも残っています。結婚後の名前のようです。

Tischbein - Lady Charlotte Campbell Lady Charlotte Campbell (1775 - 1861) Writer and famous beauty

シャーロット・キャンベル 美貌の作家 1789
ヨハン・ハインリヒ・ヴィルヘルム・ティシュバイン
スコットランド国立美術館

| ロココ 英国の美女 | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
英国の美女 画家に愛されたキティ・フィッシャー

Kitty Fisher and parrot, by Joshua Reynolds  Trustees of the Bowood Collection, Bowood House, Wiltshire, England

キティ・フィッシャーと鸚鵡
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
ボーウッド コレクション


ジョシュア・レノルズをはじめとする英国の画家達が、キティ・フィッシャーの伝説的な美しさを残しています。

キャサリン・マリア・フィッシャーは、キティ・フィッシャーと呼ばれた高級娼婦。

女性遍歴で有名な作家ジャコモ・カサノヴァ(Giacomo Girolamo Casanova)は、1763年にキティ・フィッシャーに会ったときのことを書き残しています。

流行のドレスを見事に着こなしていたこと。そしてクレオパトラを真似て、真珠のかわりに20ポンドをバタつきパンにのせて食べたという逸話を。

Joshua Reynolds Kitty Fisher as Cleopatra Dissolving the Pearl, 1759 Tate Britain

真珠を溶かすクレオパトラに扮するキティ 1759
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
テート・ギャラリー


ジョシュア・レノルズは、ローマのスパダ宮殿にあるフランチェスコ・トレヴィザーニ(1656-1746)の「クレオパトラの饗宴」 からクレオパトラのポーズを倣い、キティ・フィッシャーのクレオパトラを描きました。

イギリスの「ナーサリーライム」にこんな歌があります。

ルーシーロケットがポケットを失くして キティーフィッシャーがそれを見つけた
中身はカラッポ 中身はカラッポ 周りにリボンが縁取りしてあった

ロンドンのフリートストリートのバーで働いていたルーシー・ロケット(Lucy Locket)と高級娼婦のキティ・フィッシャー。これはこの二人の素性と性質を歌ったもの。

Catherine Maria (Kitty) Fisher 1765 Nathaniel Hone National Portrait Gallery, London

キャサリン・マリア・”キティ”・フィッシャー
ナサニエル・ホーン(Nathaniel Hone )
国立肖像画美術館(ロンドン)


タチの悪い娼婦キティ・フィッシャーに、伯爵夫人となるマリア・コヴェントリーは、キティ・フィッシャーのドレスのメーカーを尋ねますが、キティの厄介な答えに口論となります。

このマリア・マリア・コヴェントリーは、記事「マリア・ウォルポール」で触れた伝説的な美女の一人コヴェントリー伯爵夫人です。

子供のマザーグースで歌われ揶揄されるほどの女性。画家ナサニエル・ホーン(Nathaniel Hone )は、キティを”子猫ちゃん”としたのでしょうか。キティが金魚(フィッシャー)を狙っています。

ナサニエル・ホーンは諷刺画を多く描いていますが、肖像画に見立てた”キティ(子猫ちゃん)”の諷刺画なのかもしれませんね。
| ロココ 英国の美女 | 15:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
マリア・ウォルポール(ウォルドグレイヴ伯未亡人)
マリア・ウォルポール(1736−1807)の喪服姿は凄みがあります。愛する夫を失ったこの未亡人を描いたのは、あのトマス・ゲインズバラ。

Thomas Gainsborough (1727-1788) Portrait of Maria Walpole, Countess of Waldegrave, later Duchess of Gloucester (1736-1807) ADAM WILLIAMS FINE ART Ltd

「喪服姿のマリア・ウォルポール(ウォルドグレイヴ伯未亡人)」
アダム・ウィリアムズ ファイン アート (美術商)
トマス・ゲインズバラ(Thomas Gainsborough)


盗難にあったゲインズバラのデヴォンジャー公爵夫人の肖像画も、マリア・ウォルポールの「この厳しい表情」に似ている気がします。

記事 

マリア・ウォルポールの死んだ夫はジェームズ・ウォルドグレイヴ。彼との間に三人の娘がありました。

レディ・エリザベス・ローラ、レディ・エリザベス・マリア、レディ・アンナ・ホレイシアの三人。

レディ・アンナ・ホレイシアは初代ハートフォード侯爵フランシス・シーモア=コンウェイの子孫ヒュー・シーモアに嫁ぐのです。このアンナとヒューはデヴォンジャー公爵夫人と同じく、ダイアナ元妃の先祖となります。

Sir Joshua Reynolds Die Schwestern Waldegrave National Gallery of Scotland 『De drie dochters van Maria Walpole uit haar eerste huwelijk, vervaardigd door Joshua Reynolds.』

ウォルドグレイヴの三姉妹
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)


ジョシュア・レノルズの三人の肖像画にとても興味があったのです。よく日本の記事でレイノルズのもっとも有名な作品が少女が描かれた「マスター・ヘア」(ルーヴル美術館所蔵)ってあるけれど本当でしょうか?

もっといい作品はたくさんありますよね。不思議。日本だけでの宣伝のような気がします。だってイギリスではその作品よりも違う作品が人気ありますものね。

横道にそれました。本題に戻りましょう。

このマリア・ウォルポールは夫の死から3年後、シンデレラのように王族と結婚することになるのです。

Sir Joshua Reynolds Maria, Duchess of Gloucester 1771-4 Royal collection

マリア・ウォルポール エディンバラ公グロスター公爵夫人
ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds)
ロイヤル コレクション


イギリス国王ジョージ3世の弟ウィリアム・ヘンリー (グロスター=エディンバラ公)との結婚。王族ではない未亡人との結婚はのちに王室結婚令を発令するきっかけになりました。

肖像画「喪服姿のマリア・ウォルポール(ウォルドグレイヴ伯未亡人)」の当時は27歳。大変美しい人で、コヴェントリー伯爵夫人(Maria Coventry, Countess of Coventry  1733 – 60) と競っていたそうです。

たしかルブラン夫人アントワネットの肖像画をみて「青春の女神へーベー、花の女神フローラ 云々(略) 王妃と比べれば、ただの街の女にすぎないだろう。」と語った小説家ホレス・ウォルポール(1717−1797)が彼女の叔父。

Nathaniel Dance Portrait of Maria Walpole, Duchess of Gloucester, ca. 1766-69, Oil on canvas. Virginia Museum of Fine Arts, Richmond. Arthur and Margaret Glasgow Fund.

マリア・ウォルポール エディンバラ公グロスター公爵夫人
ナサニエル・ダンス男爵(Sir Nathaniel Dance-Holland)


マリア・ウォルポールはエディンバラ公との間にも3人の子をもうけています。ソフィア王女、夭折したキャロライン王女、そしてウィリアム・フレデリック。彼はジョージ3世の息女たちの中で最も美しい王女メアリーと結婚しています。

マリア・ウォルポールは、ウィリアム・ヘンリー (グロスター=エディンバラ公)とどのように、いつ出会ったのでしょう。

楓は前夫ジェームズ・ウォルドグレイヴが生きていた頃には知り合っていて、恋心を抱いていたのではないかと思うようになりました。

Francis Cotes  Portait of Maria Walpole, Countess Waldegrave, later Duchess of Gloucester  1765  Sothebys London Sothebys London

マリア・ウォルポール エディンバラ公グロスター公爵夫人
フランシス・コート(Francis Cotes)
サザビーズ


7歳も年上のマリア・ウォルポールに夢中になったウィリアム・ヘンリー。彼女が30、ウィリアム・ヘンリーが23歳で結婚することになったのですよね。

マリア・ウォルポールの祖父はホイッグ党で、事実上の首相として21年の間を務めています。

そうした出身でのマリア・ウォルポールですが、彼女の母はウォルポールの家に認められなかったのか、父が引き取るような形でウォルポール家で暮らしていたようです。母は帽子屋の売り子だったそうです。

祖父の血を持ちながら、マリア・ウォルポールの慈善活動や政治支援のお話しは残っていないようです。ただただ美貌と家柄を超えたシンデレラ物語しか見つかりませんでした。残念。
| ロココ 英国の美女 | 22:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |