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黒衣の皇后 エリザベート
さっそくのトラックバックありがとうございます。掲載されているシシの画像4枚ははじめてみました。おすすめです。

エリザベート皇后 兎穴の少女さん記事
BLUE MOON
シシ 皇后エリザベート とってもかわいい記事。
Fin de siècle
ハプスブルグ家 エリザベート皇后  初見の写真必見! 
remove
記事「トワレとビデとガルデ・ア・ロー」 なんと一番最後に・・・。必見ですよ!

オーストリア皇后であり、ハンガリ王妃であったエリーザベト・アマーリエ・オイゲーニエ(Elisabeth Amalie Eugenie von Wittelsbach)

愛称はシシ(シシィ)。

ジャン・デ・カールによると、それは「ポシ」と韻を踏んだように呼ばれていたようです。

肖像画は1867年、セーケイ ベルタランの作品。

タイトルは「オーストラリア皇后、ハンガリー王妃("Sissi") の戴冠式のローブ」です。

シシはのびやかで気が強く、自立した女性。少女時代は「人民の春」が謳歌し、自由で行動的な気風を備えていました。

気性の波の荒さは少女時代からのもので、写真でのシシはあまり微笑んでいません。どちらかというと口元をとじ、目に力のある険しい表情です。

マクシミリアン公の第三子として生まれた野育ちのシシは、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に見初められ、いとこ同士の結婚。

皇后・妻・母としての役目を果たす義務より、旅と乗馬への情熱を注ぐ皇后。浪費家で権威主義のシシでしたが、アントワネットのように国民に憎まれはしなかったのです。

うえは1867年のハンガリー戴冠式でのエリザベート。フランツ・ヨーゼフはゲオルグ・ラープに画かせ、ホーフブルグの執務机の前に飾りました。

どの画家も美しく描いていますが気難しい気質はしっかりと残しています。バイエルン公女時代のシシは自由闊達。ゲオルグ・ラープはこの少女時代のシシも描いています。

Keizerlijke vertrekkenホーフブルク宮殿(Hofburg)には、カイザー・アパルトメンツ(Keizerlijke vertrekken)の公開、シシィ・ミュージアム(Sisi museum)、宮廷銀器コレクション(Zilver Kamer)などを見学できます。写真は皇帝フランツ・ヨーゼフ祇ぁ▲┘螢競戞璽箸離▲僖襯肇瓮鵐函

父親のマクシミリアンは芸術家らしく家庭人ではなかったようで、この父親譲りの気質のシシ。狩猟や釣り、チターの演奏、「オリエント紀行」の出版(筆名ファンタジウス)など、軍服の職務より熱心だったということです。

wikiによると、父マクシミリアンはチター奏者のふりをして、連れのシシにチップをもらう娘を演じさせるなどの変わった趣向を好みます。

王族の公爵家にふさわしい厳格さはなく、エリザベトも馬や犬とともに野原を駆け回る闊達な少女。

反面、死や悲しみをロマンティックに仕上げた詩をつくります。

13歳のシシの詩はたいそう大人びています。



「さいは投げられた
ああ、リヒャトルはもはや
葬送の鐘が響く
主よ 我を憐れみ給え」(引用:麗しの皇妃エリザベト)

この詩は1851年の初恋の少年が亡くなったときのもの。



ところがシシの二度目の淡い恋の少年も亡くなってしまいます。

「おお、なぜ私に死がないのか
君とともに、天にありたい。」

ジャン・デ・カールは、シシには早くから身近な死が住みついていたと書き添えています。
(引用:麗しのエリザベト)

「私たちは皆、変死する。」

シシの予感は未来の予言となります。

自由で楽しかったバイエルン公時代。スウェーデン王の家系であるヴィッテルスバッハ。アトレウス家の古代ギリシャ神話と重ね合わせられる呪われた家系。

Georg Raab:unknown:Philip Alexius de László

左は結婚20周年にゲオルグ・ラープに描かせたもの。ラープはエリザベートの少女時代から描いている画家。
エリザベトの家系ヴィッテルスバッハはヨーロッパの歴史のなかで病的で狂信的であると言われ続けてきました。血族結婚が多く汚れた血の家系。繰り返される同族内の紛争。

私見です。幼い頃から癇癪もちのシシ。束縛や義務を嫌い、現実逃避をしていきますが、あまりにも狂信的。そして芸術家気質の変わり者の父。その血をいちばん濃く受け継いでいたのがシシではないでしょうか。


宮廷の堅苦しさ、誹謗中傷などで露見したのではないでしょうか、もともと持っていた呪われた血が。義理のいとこの子にあたる狂信王ルートヴィヒ2世の溺死に、シシは錯乱。

荒々しい言葉と態度のシシ。ところがわずかなことに恐れおののき、殻にとじこもるその人もシシ。



アマンダ・ベアグステッドの「后妃エリザベート」(1855)は、とくに優しい眼差しのシシを描いています。めずらしく微笑んだ顔。18歳のシシは結婚2年目でした。姑ゾフィー大公妃の名をつけられた王女ゾフィーが誕生。王女をゾフィー大公妃に取り上げられたという思いが、シシを反逆の皇后とさせるのです。

か弱く、涙にくれるエリザベトの反面は、向こう意気の強さの凄まじさ。一人の人間に二人の精神があるかのようです。

1856年には第2子のジゼルを出産。その年にフランツ・ヨーゼフと反オーストリア感情の強いイタリアの旅は、恩赦の勅令を発布するなど世論を逆転させていきます。


そして訪問国で「奇跡を起こす妖精」とシシの人気が高くなっていくのが、ヴェネツィアの手袋。

フランツ・ヨーゼフに嘆願した元ヴェネツィア軍将校。宮殿の事務所に入れてもらえないとすがる姿をみて、ヨーゼフの手袋を渡したものを入れるように取り計らいます。このときシシは19歳。

Eduard Kaiser, Kaiserin Elisabeth「・・・私は牢獄で目を醒ました 手に鎖が重く 憂いは日々に篤い 自由よ、お前は私から奪われた」

現代でいえばうつ病となるとありましたが、「バイエルンの鷲鳥」エリザベトは外へ向かっていくことはできるのです。

肖像画はエドゥアルド・カイザーのシシです。髪飾りの美しさ。

ヨーロッパ宮廷一といわれた美貌と語り継がれていますが、美貌というより異彩な顔立ち。開いた口元は醜く、つねに扇子で隠していたといわれています。ミルク色のトゥースは美貌を損なっていました。

Franz Hanfstaenglこの肖像画は婚約中のもの。1853年とあります。婚約中のフランツ・ヨーゼフは執務机のシシの肖像に夢中になります。シシの肖像のまえに立ち尽くすこともあるという肖像画。

その肖像はフランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルター(Franz Xaver Winterhalter)が描いたもので、カールされた髪を結い上げたものとされています。

こちらはフランツ・ハンフシュテングル。




Gustav Krovy festményeたまたま知り合いにスロバキア人の女性が2人います。二人ともたいへん「ムハ(ミュシャ)」が好きな方ですが、偶然借りたハンガリー語?の本にクリムトらしい作品が。しかもシシに似てませんか?スロバキアはハンガリー語もさかんなので聞いてみました。クリムトです。

若い頃からフランツ・ヨーゼフ皇帝の宮殿装飾を引き受けるなどしていたのに、この本を見るまでまったく思いつきませんでした。

この作品は、エリザベートの寝室に装飾されたものだと書いてあります。ウィーン大学天井画の前の作品となるのでしょう。モノクロで残念です。ごめんなさい。



もう一枚がハンガリー画家によるエリザベート。ミヒャエル・ジチでいいのかしら。ちょっと別な方面での作品も有名な方なので、カタカナ表記にさせていただきます。タイトルは「フェレンツ・デアークの葬儀(棺?)のエリザベート」です。

1864年の秋、エリーザベトは、ハンガリア語のレッスンのために、一人の女官を人選します。字引がわりで情勢を伝える任務。ハンガリア貴族の子女リストに、質朴で自然な23歳のイーダ・フェレンツィの名に目を留めます

Erzsébet királyné Deák Ferenc ravatalánálイーダへの手紙

「ゆっくり髪をとかしているとき、散歩に出かけるとき、一日に何度もあなたのことを思います。(略) イーダ、わたしがいない間に、たとえあなたの国のコロマン王のようなプリンスが現れても、結婚したりしないで、私のもとにとどまってくださいね。」
引用:「麗しのエリザベト」

Ida Ferenczyこのイーダは、ハンガリー自由主義勢力のジュラ・アンドラーシやフェレンツ・デアークらと密接な関係をもち、1867年にフランツ・ヨーゼフはハンガリー王、エリーザベトは王妃として戴冠します。

アンドラーシはたいへん魅力的。引用の「麗しのエリザベト」にも頻繁に登場しますが、作品のデアーク卿の名を冠したデアーク・フェレンツ広場がいまも有名ですね。ちなみに「アンドラーシの葬儀(棺)のエリザベート」もあります。




エリザベートの黒衣姿は長男ルドルフの死後続きますが、バイエルン時代から黒いドレスは着用していました。

この人の記事を書いているとき、アントワネットやポンパドゥール夫人のように楽しく、あれもこれもと書きたくてならないっ!という気持ちにならないんですね。

不自然さ?魂のない生き物?

ファンの方には申し訳ないです・・・。

この皇后を嫌悪する気持ちが時々あらわれて、皆さんが彼女の記事を書いているように、100%好意を寄せて綴れない。

気を取り直して、皆さんも続きを読んでくださいな。

さて、アントワネットやポンパドゥール夫人ほど国費を費やすことはなかったと思いますが、「美貌」にかけての執念はクレオパトラや楊貴妃に匹敵するかもしれません。

これは自分自身の誇りが美しさだったと思うのです。

他国の女王や后妃と自分の美しさを比べるところなど、白雪姫の継母のようです。

「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?」

歯の醜さ、年齢とともに衰える容貌に、シシィはひたすら扇で隠す。その美貌の衰えを自然に受け取ることができなかった自己愛。美貌に匹敵するほかの何かが見つからなかった。気性が激しいほどには自信がなかったのでしょうか。



この作品はディティールです。幅がながいのでメインの二人だけにしました。全体像でみかけるものはこの二人の位置が逆かもしれませんが、今回選んだ画像は二人の衣装も細やかにみえるはずです。フランツ・ヨーゼフのビザンチン風の王冠には七宝の十字架がつけられていますが、重さ一キロ半という重さ。

パイプオルガンからはリストの戴冠ミサ曲を奏でます。

賛美はやがてキッチュと囃し立てられていきます。
ゾフィー大公から取り戻したとたんに息子を手放して・・・。
幸せのまがいものの姿を野次られて。


ルドルフは成人していくにつれ、エリザベートと緊張した親子関係になり、父フランツ・ヨーゼフとも政治的対立があり、マイヤーリンクで謎の死を遂げます。

それがある貴婦人の証言で明るみになります。

亡命生活を余儀なくされ、1982年のころにようやくウィーンに戻ったチタ皇后。フィガロの取材でジャン・デ・カールのインタビューに答えています。ルドルフの死の真実をです。

その声明は翌年に発表されています。「政治的な暗殺をされたのです。」と。


自らも不幸を嘆くだけではなく周囲の不幸をも嘆く生涯。「わたしたちは皆変死する」といった、あの若い時代のシシの予言はあたります。

3枚の作品の中央は皆さんご存知の美しいシシですが、私はあまり好きではありません。でも一番人気ですね。ヨーゼフ・フランツも絶賛したフランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルターの作品。
中央はご存知のフランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルターの作品ですが、髪につけられている宝石が、どうやらこの写真のものらしいです。2種類あるはずで、こちらは小さいほうの飾り。
「私たちは皆変死する」

1867年のメキシコ。ヨーゼフ・フランツの弟マクシミリアン大公が銃殺。六発の銃弾が十字架の形となったそうです。エドゥアール・マネが「マクシミリアンの処刑」を描いています。

1886年の初夏。「私の亡き後は、この城を破壊せよ。」というエリザベートの従兄弟ルートヴィヒ2世は、湖で心臓麻痺に。身を投げたという説より湖に逃亡したといわれています。

1889年のマイヤーリンク。王位継承者ルドルフの暗殺。片手首のない遺体。画家のフランツ・フォン・パウジンガーに「わたしは皇帝にはならないでしょう。」と言っていたといいます。

1897年のパリ。上流夫人が開催する慈善バザーで出火。アランソン公爵夫人は「わたしは最後。皆さんは先に!」と叫び亡くなった高潔な貴婦人。シシの大切な妹ゾフィーでした。


Retrato oficial de Elisabeth Sissí, Emperatriz de Austria y Reina de Hungría (1837-1898)


wikiより引用
実際の彼女は尊大、傲慢かつ権威主義的であるのみならず、皇后・妻・母としての役目は全て放棄かつ拒否しながら、その特権のみ欲しいままに享受し続け、皇后としての莫大な資産によってヨーロッパ・北アフリカ各地を旅行したり莫大な額の買い物をしたりするなど自己中心的で傍若無人な振る舞いが非常に多かった。贅沢ぶりは際立っており、国民の税金で宝石・ドレス・名馬の購入、ギリシア・コルフ島に絢爛豪華な城「アキレイオン」の建造、彼女個人あるいは皇室の所有するあらゆる宮殿・城・別荘の増改築、彼女専用の贅を尽くした船や列車を利用しての豪華旅行等を行っていた。


エリザベトにとって、長く重たい髪は自慢だったのでしょうか。。「私はこの髪の奴隷なの。」といったといいますが、民族的な特徴のある顔立ちに、絵画ではなく写真のシシをみると、顔の輪郭も覆うよう。

この髪は卵をコニャックで溶いたもので丁寧に洗髪し、3時間ほどの時間をかけるそうです。卵をコニャックで溶く・・・。一度くらいは試すことは可能ですね。

また入浴はミルクといいますから、やはり先に述べたように、クレオパトラや楊貴妃に負けていませんね。

この作品もフランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルターによるものです。タイトルは「オーストリア皇后エリザベト」になります。

Anton Romako


なんとも解せないお顔をなさって・・・。アントン・ロマコの作品ですが、ロマコは評価をされずに亡くなった画家です。あまりにも本質を描きすぎるからでしょうか?たぶんごらんになっている皆さんも好き嫌いがある画家だと思いますが、なんともいえず気になる作品がおおいんですよ。分離派系でしょうか。美醜が重なったシシ。

歴史上1、2位を争うとされている美女シシだそうですが、民族的な際立った特徴で、わたしのなかでは10位にははいりますが一桁ナンバーでなないのです・・・。美と醜が重なり合って見えるんですよ。写真でも。


フランツ・ハンフシュテングルの皇后エリザベートです。
中野京子さんの著作に「エリザベート皇后」があります。
そのなかから引用いたします。

アントワネットと同じで−−(略)−−身の丈にふさわしい地位につけば歴史に名を残すことなくとも幸せな人生を送れただろう−−(略)−−結婚式当日、馬車から降りようとしたエリザベートはドアの枠にティアラを引っかけ、おとしてしまう(アントワネットが結婚契約書にサインをするとき、インクのしみをぽたりと落としたことが思い出される)


1898年のこと。そのとき一人の男性とぶつかったシシ。何事もなかったように乗船しました。まもなく胸が苦しいと倒れそのまま眠るように亡くなります。皇后の胸にはルドルフの髪が入ったロケットと、もうひとつにはモーセの祈りが記されている薄紙。

「(略) あなたは人を塵に帰らせていわれます。人の子よ、帰れと」

「白い貴婦人」といわれた黒衣の皇后はこうして望みどおりに死への旅にでたのです。


フランツ・ヨーゼフは皇后陛下崩御の電報に目をとおすことになりました。

「この地上ではあらゆる不幸がわたしを襲う」

フランツ・ヨーゼフは「私がシシをどれほど愛したかは、誰にもわからないだろう」と、死のその日まで言い続けたとありました。

| ハプスブルグ家 | 06:00 | comments(6) | trackbacks(3) | pookmark |
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コメント
こんにちは。ご無沙汰しています。トラックバックならびにリンクありがとうございます。

「私たちは皆変死する」

楓さんは短いセンテンスの選び方が上手い。

それから、こちらも何度もTBしているんですが・・・。反映していないですか?

| Fin de si&egrave;cle | 2009/10/02 10:30 PM |

Fin de si&egrave;cle さん

こんにちは。こちらこそ記事リンクありがとうございます。初見の写真に感激。最後のエリザベート皇后の表情、ちょっと顔立ちもいつもと違いますね。

またトラックバック届いていました。申し訳ありません。コメントならびにTBは管理者の承認待ちの設定です。

何度もトラバさせてごめんなさい。
| 楓 | 2009/10/02 10:40 PM |

こんばんわ。
いい気候になてきましたね。

皇后エリザベート、確かに美しいと思います。
世紀末のヨーロッパ王室を象徴しているのでしょうね。思想的、政治的に大変革をとげる予感を彼女も持っていたのでしょうか。
記事を読ませていただき改めて彼女の苦悩もわかり、同情を禁じ得ないところもありますね。
「私たちは皆変死する」不気味な予感の何と当たっていたことかと驚きます。息子ルドルフ、ルートヴィヒ2世、そして彼女自身、18世紀のフランス王室にも似た、絢爛と悲哀の物語、興味深く読ませていただきました。

fu-さん、いつも読んでいただきコメントありがとうございます。レスを書いていますのでいつかご覧になって下さい。
| KOZOU | 2009/10/05 2:06 AM |

KOZOU さん

こちらこそいつもありがとうございます。

>彼女の苦悩もわかり、同情を禁じ得ないところもありますね。

シシは癒されるものが何もなかったんだなぁと今日思いました。それが苦悩の塊になって・・・。癒されるって案外難しいことなのかもしれません。

癒されたと思っても、また次の不安が襲う。その繰り返しがシシだったのかも。
| 楓 | 2009/10/05 7:07 PM |

お伺いします。

このページに使われている
エリザベートの写真は
フリー写真素材として
使用可能でしょうか。
また、
有料ならば詳細を教えて
いただけますでしょうか。
| 古橋清光 | 2012/04/27 3:50 PM |

古橋清光様、ようこそいらっしゃいました。

作品画像のご使用は、使用元としてこちらのブログをリンクしていただければ、もちろん無料でご使用されて結構ですよ。その際、ぜひ古橋さんのサイトも教えてくださいね。

あるいは、インターネット上ではない私的に使用される場合や、教材や授業に使用されるのであれば、その内容をコメントしていただければ結構です。(リンク元の必要もありません)

気に入っていただけて嬉しいです。
| 楓 | 2012/04/27 9:32 PM |

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エリザベート皇后
楓さんの「皇后エリザベート」を読んで、マリー・アントワネットやポンパドゥール夫人よりずっと肖像があるのを認識。やっぱり現代に近いし、写真もモノクロだけど残っているし。革命や戦争でいろんな作品も消失しているんでしょうけど。 このエリザベートは男性的。「
| Adventures in Wonderland | 2009/10/01 8:49 AM |
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楓さんがマリー・アントワネット、ポンパドゥール夫人と記事を書いていましたが、とう
| BLUE MOON | 2009/10/02 12:11 AM |
ハプスブルグ家 エリザベート皇后
青い血を持つと豪語するハプスブルグ家。ルドルフ1世はこの家名をひろめ、「中世最後の騎士」と呼ばれたマクシミリアン1世はハウスブルグ家の威光を強大にする。カール5世やフェリペ2世、ベラスケスの「ラス・メニーナス」に描かれた王の家族たち、アルチンボルドが画い
| Fin de siècle | 2009/10/02 10:23 PM |