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ハプスブルグ家 マリア・アントーニア

Marie Antoinette Young

7歳のマリア・アントーニア(マリー・アントワネット)1762

マルティン・ファン・マイテンス(Martin van Meytens)


マリア・アントーニア・ヨーゼファ・ヨハンナ・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン(Maria Antonia Josepha Johanna von Habsburg-Lothringen)がオーストラリアの大公女時代の名前です。

1755年11月2日にマリア・アントーニア(マリー・アントワネット)は、女帝マリア・テレジアとフランツ1世の大公女として誕生。

右がアントーニア誕生の肖像です。

アントーニアは誕生とともにハプスブル家の結婚政策としてフランス国王ルイ15世の孫ルイ・オーギュスト(ルイ16世)の結婚を決められます。

シェーンブルグ宮殿では母マリア・テレジアが娘たちと水彩画や刺繍を楽しみます。朝食の間に飾られている「プチ・ポアン」とよばれる手づくりの宝石は、母マリア・テレジアと大公女たちの刺繍によるものです。

Johann Franz Greipel

             ↑
一番手前がアントーニア。

「人を指に巻く娘」といわれたマリア・アントーニア。それは、他人を自分の言いなりにさせるという意味だと藤本ひとみさんの著作本にありました。

なるほど、口も達者だったのでしょうか。

長女のマリア・エリザベートは3歳で1740年に亡くなっていますのでアントーニアの誕生時にはこの世の人ではありませんでした。

次女マリア・アンナはアントーニアが2歳の頃、背骨の病気で女学校に入学。アントーニア誕生時は17歳の頃だと思われ、シェーンブルグ宮殿での暮らしをほとんど共にしていません。

マリー・アントーニアの姉
次女マリア・アンナ
(1738-1789)

過去記事
ハプスブルグ家 マリア・アンナ


三女のマリア・カロリーネ(1739-1741)は、2歳で死去。アントーニアには「マリア・カロリーネ(カロリーナ)というう姉が3人いました。7女(1748)のカロリーネは生まれた年に死去。そして3番目のマリア・カロリーナ(マリア・カロリーネ)は、もっともアントーニアと一緒に育った姉です。

もうご存知かもしれませんが、マリア・テレジアをはじめ、大公女たちに「マリア」というネームがつけられていますが、江村洋氏によると「可愛い女の子」という意味だそうで、マリア・アントーニアは「可愛い女の子のアントーニア」となるわけです。

Archduchess Marie-Christines wedding on 8th April 1766.

四女クリスティーナの結婚式出席のアントーニア 1766年


四女のマリア・クリスティーナ(1742-1798)はアントーニアが誕生したころ13歳。マリア・アンナと同様に絵画に才能があり、アントーニアをはじめ、家族の肖像画をたくさん残しています。

アントーニアが11歳のときにクリスティーナは結婚をします。結婚式肖像画はディティールです。

アントーニアの姉
四女マリア・クリスティーナ
(1742-1798)

過去記事
ハプスブルグ家 マリア・クリスティーナ
(C)Sophia Trefusis' photostream

13歳上のクリスティーナは結婚前も結婚後も、アントーニアと一緒の時間を過ごすことも多くありました。

Marie-Antoinette, her brother and sisters 1767


左の幼児はヨーゼフとイザベラの子マリア・テレジアでしょうか。椅子に座るのがクリスティーナ、中央がアントーニア、そして弟マクシミリアン。アントーニア11歳。

長女と同じ名前の五女アリア・エリザベートは、天然痘で一命を取り留めたものの、一夜で醜女となり、次女マリア・アンナと同じ女学校に入学しています。たぶんアントーニアの誕生時は12歳なので、それから数年後のこと。

アントーニアの姉
五女マリア・エリザベート
(1743-1808)

過去記事
ハプスブルグ家 マリア・エリザベート
(C)Sophia Trefusis' photostream

9歳(?!)らしいこの肖像画。7歳の頃より幼い。この頃、21歳のエリザベートは天然痘に美貌を侵された頃でしょうか。エリザベートはアントーニアに、「ちびののろまさん」がヴェルサイユに送られるのを非常に驚いたと言い放ったことがありました。
シェーンブルン宮殿の角部屋の朝食の間の隣には子供部屋。そこにアントワネットをはじめ、姉のクリスティーネ、カロリーナ、アマーリア、ヨーゼファが幸せに過ごしていました。

Caroline, Josepha, Antonia(Antoinette)


この肖像画は左からカロリーナ、ヨーゼファ、アントーニアの3人が描かれています。中央の九女のヨーゼファは姉妹のなかでも美しいと評判でした。

シェーンブルン宮殿には、クリスティーネ、カロリーナ、アントーニアの3人が天使のように可愛く描かれた肖像画などもあります。ただ、クリスティーネとするには大変幼すぎて、ヨーゼファではないかと思います。

「Triumph of Love」 Johann Georg Weikert

「愛の勝利」ディティール ヨハン・ゲオルグ・ヴァイケルト 1765年


全体像は過去記事「マリー・アントワネットが愛したもの」からごらんいただけます。右で踊るのは10歳のアントーニア。1765年の兄ヨーゼフとマリア・イザベラの結婚式。ひとつ上の兄フェルディナント、ひとつ下の弟マクシミリアンと中央に描かれてます。

 Amèlieアントーニアの姉
六女マリア・アマーリア
(1746-1804)

過去記事
ハプスブルグ家 マリア・アマーリア
(C)Sophia Trefusis' photostream

六女のアマーリアはアントーニア誕生時には9歳でした。それぞれの結婚後も交際が続いています。7女のマリア・カロリーネはすぐになくなり、十女のその名が継がれます。

八女のマリア・ヨハンナ・ガブリエレ(1750年 - 1762年) は12歳で亡くなっています。

マリア・ヨハンナが亡くなったときのことを、アントーニアが記しています。

3年前の今日、ヨハンナは亡くなり、当時のヨハンナの年齢にも達していないわたし。マイテンスがヨハンナを描いた肖像画をママンは降ろすように命じた。

わたしたち姉妹、兄弟は、彼女の魂のために祈ります。そして目をつぶり、ヨハンナの姿を胸に覚え描きます。



12歳のアントーニア 1767年
マルティン・ファン・マイテンス


12歳のアントーニアはまた姉妹の死をむかえなければなりませんでした。

わたしの姉ヨーゼファ。
天然痘に侵されたのです。ヨハンナのように。
死に脅かされる姉。

あの悲鳴が聞こえてくる。彼女はひどい外観のまま。そして、またあの悲鳴が聞こえてくるのです。
ヨーゼファの肖像画はたびたびアントワネットの肖像画とともに見ることができます。



マリア・ヨーゼファ


いま左側だけの肖像画になっていますが、もともとは姉妹が描かれている肖像画です。1759年にPierre Benevault によって描かれたもの。アントーニアと紹介されているものでもありますが、わたしはヨーゼファだと思います。

マリア・アントーニアの姉 九女 マリア・ヨーゼファ
過去記事
ハプスブルグ家 マリア・ヨーゼファ
この作品、8歳のヨーゼファと4歳のアントーニオ、もう一人描かれているような肖像画。

この肖像画は12歳のヨーゼファと8歳のアントーニオです。左のヨーゼファはミネルヴァ、右のアントーニオはディアナにたとえられて描かれています。作者不明の肖像画。
13歳になったアントーニア。姉妹の死におびえるのも束の間、日常は快活で奔放なアントーニアで暮らします。

特別に敬虔でもなくて、学究的にめざましいわけでもなく、宮廷音楽家のグルックにならう音楽やダンスにバレエ、乗馬や愛犬に明け暮れます。

そのため、まだフランス語は翌年ヴェルモン神父が教育することに。

E.J. Alphen, 1768

13歳のマリア・アントーニア 1768年


母のマリア・テレジアは、フランスの宮廷娯楽を知っていて、アントーニアにカードゲームを教えます。それは「ゲームに勝つ」ということを学んでほしかったのでしょう。

ヴェルサイユでの夜通しのパーティ。アントーニアがそこで負けるとなれば・・・。

アントーニアの姉
十女マリア・カロリーナ(マリア・カロリーネ)
(1752-1815)

過去記事
ハプスブルグ家 マリア・カロリーナ
(C)Sophia Trefusis' photostream

十女のカロリーナです。アントーニアが誕生してからずっと同じ部屋で同じ教育を受けてきました。母マリア・テレジアは二人の悪戯、遊びにカロリーナが引き込まれるのを黙って見ていたわけではありません。二人の教育は別々に行うことになりました。カロリーナが亡くなったヨーゼファーのかわりにナポリに嫁ぐことになってアントーニアは号泣します。

Joseph Ducreux, 1769

14歳のマリア・アントーニア

Joseph Ducreux, 1769この肖像画も上の肖像画も1769年、ジョセフ・デュクルー(Joseph Ducreux)の作品です。

オーストリアに残す肖像画と、左はヴェルサイユに嫁入り道具としてもって行く肖像画としたのでしょうか。

1770年5月まではマリア・アントーニアとしてハプスブルグ家の大公女として過ごすまでわずか。

マリー・アントワネット
オーストリアの公式肖像画
Joseph Hauzinger
作品ウフィツィ美術館の特別展示室」で有名なヨハン・ゾファニーの肖像画。ゾファニーはハプスブルグ家の肖像画を多数残しています。

アントーニアはここシェーンブルン宮殿で過ごした生活がフランスでも続けられると考えていたのでしょう。

フランス行きには、二人の俳優が語法を手直しするなど、ここでは舞台から学び、歩いて動くことを言葉と共有し、美と優雅さを身に着けました。

十代から髪をとき、入浴するのも召使を使うことは許されず、エチケットはフランスの宮廷とは違います。

大好きな演劇を観劇するだけではなく、宮廷の公女、公子らが舞台に立って演劇やオペラ、バレエを披露する家族的なオーストリアのハプスブルグ家。

肖像画の好みやフランスの娯楽にいたっては、マリア・テレジアはよく知っていたにもかかわらず、たぶんポンパドゥール夫人を真似たくらいに考えていたのでしょうが、一番大切なヴェルサイユの序列、その取り巻き、しきたり、慣習などを、嫁ぐアントーニアに少しでも授けていたならと思います。
 

Johann Franz Greipel


いまでは知られているこの集団肖像画(ディティール)です。シェーンブルン宮殿にあるこの作品を長い間、何を描いているのかわからなかったそうです。そして、もう一枚の集団肖像画と同じものだということがのちに解明されたようです。

この作品は1765年に描かれています。ヨーゼフとイザベラの結婚式。先に紹介したフェルディナント、アントーニア、マクシミリアンの年少組みバレエに対し、年長組みの4人のオペラ。舞台の下にはオーケストラを指揮するレオポルトがいます。

シナリオはアントーニアの音楽教師でもある宮廷音楽家のクリストフ・ヴィリバルト・グルック。

ここに描かれているのが上の作品で舞台にいる少女たちのなかで一番右に描かれている二人です。おわかりですね。アントーニアの姉妹が描かれています。
シェーンブルンの宮殿の壁には、この作者ヨハン・フランツ・グレイペルが描いた集団肖像画の2枚で共通している人物は4人の少女。

上の少女の反対側の左部分が、このカロリーナです。うえの少女は珍しくエリザベート、そしてヨーゼファ。

樹木が茂った背景に4人の少女が描かれています。舞台と観客が描かれている講堂と、4人の少女たちだけが描かれている2枚の肖像画。



アポロのアマリーア、女神メルポメネーのエリザベート
女神エウテルペーのヨーゼファ、女神エラトのカロリーナ

女神エラトーに扮したマリー・アントワネット 最初の記事「マリー・アントワネットが愛したもの

幼少時代から幽閉までの肖像画のほか、アントワネット愛用品など、全体の流れの記事です。ぜひご覧くださいな。

この肖像画はエラトに扮したマリー・アントワネットです。カロリーナの演じたエラトを思い出したのでしょうか。
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