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マリー・アンワネットのドレス ローズ・ベルタン
更新しました!本記事丸ごと掲載していただいているblogやリンクしていただいているblogの皆様、ありがとうございます。

Rose Bertin(Marie Jeanne Laurent)

ローズ・ベルタン肖像画
クリックで全体像に変わります


ココ・シャネル誕生以前の18世紀のパリ。

マドモアゼル・パジェル(Mlle Pagelle) という帽子屋で働く16歳のマリー・ジャンヌ・ローラン(Marie Jeanne Laurent)は、のちに王妃マリー・アントワネットの専属のマルシャンド・ド・モードとなります。

シャルトル公爵夫人が顧客となり、サント・オレノにベルタン嬢のブティック ル・グラン・モゴール(boutique, Le Grand Mogol)がオープンすると、マドモアゼル・パジェルの上顧客も集まって大繁盛となります。

François Boucher, La Marchande de modes

フランソワ・ブーシェ 1746年
「マルシャンド・ド・モード(モードの商人)」


なんだかポンパドゥール夫人と彼女の化粧台に似ていませんか?ちなみにブーシェはアントワネットがお嫁入りした年に亡くなっています。

過去記事から確認できます。
私の時代 マダム・ド・ポンパドゥール

モード店の女性がケースから夫人にリボンや記事の見本帳などを見せているシーンですが、ポンパドゥール夫人が築いたロココファッションをアントワネットとローズ・ベルタンはフランスのオートクチュールの基礎を築いていきます。

This portrait of the queen Marie-Antoinette could have been made about in 1775

Marie-Antoinette


1772年、シャルトル公爵夫人の紹介で王太子妃となったマリー・アントワネットと出会います。

このローズ・ベルタンの顧客にはシャルトル公爵夫人、コンティ公女のほか、ランバル公妃がいます。

マリー・アントワネットの過去記事
マリー・アントワネットが愛したもの
ハプスブルグ家 マリア・アントーニア

さて、マリー・アントワネットの衣装代ですが、湯水のごとく国費を費やしたといわれていますが、半世紀前(1725年)から、王妃の衣装代は年間12万ルーブルとなっています。シーズンごとに正装用、礼装用、ドレスを各3枚、年間にすると各12枚が新調される約束で、最低でも36着は規則によって与えられます。



アントワネットの肖像画から
お花のモチーフ、刺繍



これは「王妃の御内帑金(お手元金)」などとは別の予算です。王妃に支出される公金は300〜400ルーヴル。この公金とはお手元金のことでしょうか。

王妃のお買い物 年間170着のドレス
25万ルーブルの腕輪
50万ルーブルの耳飾り
1着60万ルーブルのドレス

引用:マリー・アントワネットの生涯 藤本ひとみ著
年間にして170着以上を購入していたといいますので、お針子の数は相当だったのでしょう。



18th century Boutique
ブティック店内


当然マリー・アントワネットは衣装代の予算を超えてしまうのです。

超えてしまうのですが、王室の費やす金額は果たして財政を破綻させるほどのものなのでしょうか。
王室が費やしたのは国庫の10%に満たないのです。
このベルタン嬢にとってアントワネットは金の卵。毎日のように見本帳をもってヴェルサイユにやってくるのです。なかなかの野心家ですね。

もし170着以上のドレスを1年間に購入していたのなら、1着のドレスの期間や人手を考えると、国中の仕立て屋とお針子、職人が必要にならないでしょうか。産業革命はもう少しあとの話。仕立てには最低23時間は必要とします。1着をつくるのに十数人以上の職人とお針子に、1ヶ月から1年以上の期間をかけて製作するドレスもあるほどなのです。
第3身分のローズ・ベルタンはブーシェの作品のように、王妃の私室で半日以上も二人きりで新しい流行のドレスやヘアスタイルを考え出します。



Marie-Antoinette
アントワネットのヘアスタイル「パフ」


デザイナーのローズベルタンと髪結師レオナールで、パッドとポマードで高く結い上げた「パフ(pouf)」というヘアスタイルまでも創りだします。あの有名な「船」の飾りはイギリス海軍に勝利したフランスのオマージュだというお話があります。

Chapeau à la Rose Bertin 1779

Chapeau 1779 Rose Bertin
ローズ・ベルタンデザインの帽子


孔雀の羽をのせた王妃のパフ。王妃のヘアスタイル パフ を真似る上流夫人たち。その結い上げたパフにあう帽子をデザインするベルタン嬢。

This portrait of Marie Antoinette

Marie-Antoinette


1777年から81年にかけて高さと奇抜さを競うようになります。船の模型を乗せるなどは、皆さんもご存知だと思います。高さは最高3フィート(約100センチ)ですが、ほかのサイトでは6フィート(180センチ)となっていました。

このころのローズ・ベルタンは、100年後にシャルル・フレデリック・ウォルトが「ラ・シャンブル・サンディカル・ド・ラ・クチュール・パリジェンヌ(フランス・クチュール組合)」の略称「サンディカ」を創設しますが、その前身であるモード商人組合の略称「サンディック」の理事を務めています。

1774年マリー・アントワネットは王妃となりました。そのドレスもベルタン嬢のデザイン。王妃が廃位するまで作り続けます。



ローズ・ベルタン デザインのマリー・アントワネットのドレス


シャンパーニュカラーのシルク地に、精緻な刺繍が施されています。19世紀のクリノリンスタイルに合うような丸いデザインに変わっていますね。これまではコルセットとパニエでひろがりを強調していました。

1780s-corsage Musee Galleria musee de la mode de la Ville de Paris

1780年代 マリー・アントワネットの時代のコルセット


マリー・アントワネットとローズ・ベルタンの生きた18世紀はローブ・ア・ラ・フランセーズ、ローブ・ア・ラ・ポロネーズ、ローブ・ア・ラングセーズ、ローブ・ヴォラントなどの様々なローブが流行します。

course of the 18th century

ローブ・アラ・フランセーズ


コルセットで上半身を締め、パニエあるいはパニエ・ドゥブルを身につけて腰にふくらみをもてせているスタイルは、マリー・アントワネットの肖像画にもたいへん多いですよね。



パニエ・ドゥブル (C)ba-rococo.blogspot.com


パニエにはたくさんの種類がありますが、ここでは「パニエ・ドゥブル」の画像を拝借してまいりました。「18thcentury」 ではいろんなドレスが見れるのでぜひご参考に。



コルセット / ピエス・デストマ


そうしてローブ、ジュップ(ペチコート=スカート)、胸当てのピエス・デストマ(ストマッカー)を身に着けますね。こうして髪を結い上げるのですから、相当な時間がかかります。

 

18世紀の身繕い(トワレ)


映画「マリー・アントワネットにもあった似たようなシーンがありましたね。これは18世紀の女性の身づくろいを描いています。

宮廷の王妃のトワレは、ドレスサンプルから今日一日の衣装を決定します。謁見用、午後からの部屋着、そして正装あるいは仮面舞踏会用のドレスなどを。衣装係はコルセットなどのファウンデーション、絹の靴下、ネックレスなどの装飾品、扇や手袋などの小物を用意します。

この18世紀のロココのファッションに欠かせないのは、ストッキング、ハンカチ、扇、パラソル、帽子、宝石など。そして別に仮面舞踏会のドレスの用意。

Le−Grand Mogol

ル・グラン・モゴール(boutique, Le Grand Mogol)
ローズ・ベルタンの店内


ここで広げられている金色の生地。実は渋い金色となっているのですが、マリー・アントワネットの選んだ色は、大流行。「王妃の色」はアントワネットのグレーなブロンズの髪の色から、ルイ16世が呼んだ蚤の色まで貴族やブルジョワに好まれたのです。

こうした華やかなファッションを特権階級にひろげたのがマリー・アントワネットとベルタン嬢。王大子風、王妃の色とアントワネットの名称が様式にとりいれられていくのです。

フランスの農民の女性たちは過酷な生活でかたい皮膚に深い皺をもつ「28歳の老婆」と他国で言われているさなかの話しです。

記事 マリー・アントワネット フランス紀行から(アーサー・ヤング著)

英国人アーサー・ヤングがアントワネットの時代にフランスに旅をしたなかに、「28歳の老婆」のお話がでてきます。またアーサー・ヤングがみた当時の農民、アントワネットのお話を抜粋しました。




マリア・テレジア ファミリー


マリー・アントワネットはローズ・ベルタンに「パンドラ」というお人形をつくらせます。それは母マリア・テレジア、そして姉妹たちへの贈り物。マリア・テレジアはアントワネットの愚行(ファッション逃避)を諌める手紙を送っていました。

「パンドラ」は木と陶器でお人形(フィギュア)をつくり、ベルタン嬢のつくるモードなドレスを着せたもの。絹の靴下からアクセサリー、宝石、結い上げた髪、帽子や孔雀の羽など、肖像画にも描かれている全てを身につけさせたフィギュア。

これが非常に人気がでて、等身大に近いものまでつくられるようになります。

Archduchess Maria Antonia

マリー・アントワネットのフィギュア
(C)Historical Figures of France

これはローズ・ベルタンのパンドラはありません。
パンドライメージとしてご覧くださいな。
こうしてオートクチュールの世界に君臨したローズ・ベルタンも、王妃が断頭台で果てるころには亡命先でもこのパンドラなどをビジネスにしていたようですが、1795年にフランスにもどってきたころは、国もファッションも彼女の時代が過ぎた頃。

1813年、一世風靡したローズ・べルタンはセーヌ川の自宅で静かに亡くなりました。




Marie Antoinette


貴族やブルジョワの女性たちがマリー・アントワネットを崇拝したのは「モードの王妃マリー・アントワネット」だけでした。

予算を超えた衣装代。ルイ14世、ルイ15世のように、妃のほかに寵姫がいたわけではなく、このぶんに関しては王妃一人。



Marie Antoinette


ところが浪費家と陰口を言われた原因は、宮廷で出入りできる貴族の特権を無視し疎外。第3身分のローズ・ベルタンを宮廷の規則を無視して寵愛するようなアントワネットへの貴族たちの仕返しともいえるでしょう。

Queen Marie Antoinette

Queen Marie Antoinette


これまでの歴代王妃は影の存在でした。それが宮廷の光だった寵妃と同じ存在のマリー・アントワネット。

愛妾たちを道徳的に嫌悪していた王妃でしたが、寵姫にむけられるような陰口をたたかれていたマリー・アントワネット。

マリー・アントワネットは最後まで「王妃の誇り」を失わなかったといいます。

王妃の誇りを失わないアントワネットが幽閉されたテンプル塔に、ローズ・ベルタンは亡命するまで、相変わらずドレスを届けていたということです。

パリ市にアントワネットが要求したテンプル塔時代の衣装

黒いビーバーの毛皮の乗馬帽子、フィレンツェのタフタ織りの長上衣他、各数点以上、肩掛けは数百枚、及び香水と化粧品

このときのお針子の総数は3000人を要したと言われています。

引用:マリー・アントワネットの生涯 藤本ひとみ著
キャサリン・グネ(Catherine Guennec )のマルシャンド・ド・モード(モードの商人)のローズ・ベルタンに関しての著作本をお知らせいたします。

Catherine Guennec


Catherine Guennec 

La Modista de la Reina
Guennec, Catherine (Author) Viver, Nuria (Translator) Umbriel

La modista de la reina/ The Dressmaker to the Queen
Guennec, Catherine (Author) Viver, Nuria (Translator)
| ヴェルサイユ | 18:33 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
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コメント
はじめまして。実は何度か訪問していますが。

悲劇の王妃といわれてるマリー・アントワネットさま。使いっぷりの見事さに惚れ惚れしました。やっぱりちょっとゆるーい頭は認めますが。

あの幽閉されているときも、パリ市に注文していたんですか。なんでパリ市も要求を受けたのか・・・。もし、このときもっと違う生活をしてたら、マリー・アントワネットさまの最後は断頭台ではなかったかもと思いました。

マリー・アントワネットさまにとって、自分のプライドが王妃の誇りだったんだって解釈しましたが。

迷惑でなければ取り巻きの人の記事をリクエストしたいですが。

ちなみにパンドラはフィギュアのことなんですか。ローズ・ベルタンは、とっても下品なやりてばばぁだったよう。

>もし170着以上のドレスを1年間に購入していたのなら、1着のドレスの期間や人手を考えると、国中の仕立て屋とお針子、職人が必要にならないでしょうか。<

半信半疑なんですかね?みんなが引用でそのまま記事にしていることに、いつも?で考えておられるようで、こちらもますます興味が湧きました。
| マリー・アントワネット大好き | 2009/10/29 10:30 PM |

ご無沙汰です。寒くなりましたね。

私のほうはしばらく休んでいるので、コメントで感想を残しいきます。

楓さんの過去記事のアントワネットをみて、子供のまま王妃で育ってしまった人なんだなとあらためて思いました。

こんな魅力的な人がまわりにいたら憧れると思いますが、きっと長続きしない気がします。買い物症候群かと思ったこともあったんですが、性格なのかなと。自分が幽閉された理由も理解しないで、パリ市に衣装を買わせたということですよね。

アントワネットの真実の姿だと思いました。でもやっぱり好きですけど。次の記事も楽しみにしています。

身体は大丈夫?
| mari | 2009/10/29 10:46 PM |

マリー・アントワネット大好きさん、はじめまして。

>半信半疑なんですかね?

マリー・アントワネットだけのモード店ではないので、100人くらいの職人やお針子が必要だなって思ったんですね。お仕立てや専門のところと提携していたのかしら?

産業革命後のマドレーヌ・ヴィオレもようやくミシンも普及していた時代に相当数の従業員を抱えていましたから。

コメントのお返事より先に、リクエストをひとつアップしております。

また、お越しください。
| 楓 | 2009/11/02 2:27 PM |

mari さん、こんにちは。

>自分が幽閉された理由も理解しないで、パリ市に衣装を買わせたということですよね。

そういうことなんでしょうね。要求とありましたので、パリ市がそのお金を支払ったのだと思います。

>私のほうはしばらく休んでいるので、

また再開を楽しみに待っていますね。ちなみにmakiさんはログインの仕方がわからなくなったようなので、記事を書かなくともログインだけは続けたほうがよいかと。私のso-netもそうなので・・・。
| 楓 | 2009/11/02 2:32 PM |

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