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マリー・アントワネット フランス紀行から


旧約聖書にある「土地に植えたある種穀と樹木の果実とを問わず、その十分の一は神のものなり」をご存知の皆様も多いでしょう。

ルイ16世とマリー・アントワネットの時代の農民にも、収穫に対して十分の一税が教会に収めるようになっています。教会側はそのほかに維持費、祭礼費、救済費と負担しなければなりません。

それでは、国と領主への「租税」はどうだったのでしょうか。

教会に十分の一税とすると、領主には十分の三、国には十分の二となり、不幸にも収穫が不作だったと考えて10束とすると半分以上が手元からなくなります。

田畑を維持するには、来年の種子用と耕作用を貯金しておかなければなりません。つまり、手元にあっても生活の糧にすることも、売ることもできないのです。売るにも税金が課税されるからです。


そう考えると、10束を収穫としていますから、生活の糧の収穫が「0」ということになるのです。

第3身分の税金は、さらにタイユ税、所得税、裁判料、通行税、バナリテ (領主が独占所有するパン焼き釜やブドウ圧搾器、水車などの使用料)、市場税、対物税などを収めなければなりません。
国三部会開催への第三身分の陳情書

農作物を荒す狩猟場、野兎生育場、鳩小屋の規制
農奴制の残存物の廃止
教会に納める十分の一税の撤廃
市民的平等
政府や官吏の浪費、国庫の濫用
官職の売買や世襲の禁止
間接税の弊害
土地台帳と直接税の是正
度量衡の統一
国内関税の撤廃

King Louis XVI with Marie Antoinette

ルイ16世とマリー・アントワネット


作品のマリー・アントワネットが抱いているのルイ・ジョゼフ・グザヴィエ・フランソワ?それともはでしょうか。農民のような少女。その横には第1王女マリー・テレーズ?

農民の少女に施しを与えるマリー・アントワネット。こうした王妃の善行も、ルイ14世、ルイ15世による国庫の財政難のための改革には、異を唱えるという矛盾を繰り返します。

英国人アーサー・ヤングは、友人ラゾウスキからラ・ロシュフコー公ファミリー(ラ・ロシュフコー箴言集で有名な!) とピレネー山脈の旅行に誘われたのがきっかけで、はじめてきたのが1787年です。
はじめてルイ16世と王妃マリー・アントワネットをみた印象がフランス紀行に書かれています。
1787年5月27日
(フランス紀行より要約で、引用ではないので本文に忠実ではありません。)

[ヴェルサイユにて]

Marie Antoinette-children-1785-6


アルトワ伯の子息、ベリー公に国王が青綬章を授与した。王妃付の楽団が礼拝堂で演奏したが貧弱で不十分。

国王の無頓着ぶりから狩にいけなくて残念そうだった。儀式が終わると国王が食事をする小部屋へ歩いていった。

王妃はさまざまな表情をして彼らを迎えた。ついでながら、王妃は今日私がみたうちの一番の美人である。

ある人には微笑み、ある人には話しかけ、数人はそれ以上に親しく、ある人には形式的に、ある人にはよそよそしく。

国王が大衆の面前で食事をする儀式は奇妙である。王妃は何も食べなかった。私が君主なら、こうしたばかげた形式のほとんどを取り上げてしまう。

しかしヴェルサイユ宮殿は少しも人の心を打ちはしない。

夕方、サン=クルーのオペラ座に行く。そこで王妃が造営中の宮殿も見た。気に入らない点がたくさんある。


「空っぽな頭」といわれる王妃マリー・アントワネットは、王妃に支給される費用の削減案、そして王族たちに課せられる税金の財政計画に反対したため、成果がなかったのです。

それどころか、王妃の取り巻きたちの役職を優先し、多額の報酬を与えたため、ますます国庫が苦しくなるわけですね。

それが取り巻きたちの「あの手この手」で若い王妃は篭絡されたのだから仕方がないのでしょうか。

王妃として自分の支給される費用、決められた衣装代などを少しでも減額に応じるなどの行為を示すことで、「浪費家」といういわれのない汚名は防ぐこともできましたのに。

1789年6月13日 3度目のフランス旅行 アーサー・ヤング
(フランス紀行より要約 引用ではないので本文に忠実ではありません。)

三部会の危機がもたらすことへの期待の声が聞こえる。内閣など存在しないというのが一致した意見。

Louis XVI
Louis XVI


王妃はアルトワ伯をすえた諸侯の党派と親しく、彼らはネッケル氏に敵意を抱いている。

この世で最も正直な国王には正しいことをしたいという気持ちがあるが、困難を見抜き、避ける決断力がないのでどんな忠告に耳を貸したらよいかわからなくなる。

ネッケル氏に不利だという噂があるが、本当ではあるまい。

ヴェルサイユで非公式の庭園を散歩中のネッケル夫人に対し、王妃の取り巻きが彼女に「しっしっ」とさえ言ったという。話半分で聞いても、すみやかに辞めるのは大臣のほうだろう。

ネッケル氏は一定の計画を持たなかったばかりにあらゆる国難の原因になったという。ただ彼の親しい友人たちは王権にも、民衆の生活状態の改善にも誠意はあったという。

ただし絶好の機会をみすみす失った。

MON PIED DE BOEUF by BOILLY Louis Léopold

ルイ=レオポルド・ボワリー(Louis-Leopold Boilly)
ディティールです。


過酷な労働と飢え。硬い皮膚と深い皺の農民の女たち。すべてが失われ、泣き叫ぶ赤子にお乳を与えることもできない。作品の女性も貧困に疲労しきっています。

1789年7月12日 
(参考: フランス紀行 アーサー・ヤング より)

長い坂の途中、一人のみすぼらしい婦人といっしょになる。彼女の夫に与えられているのはほんの一片の土地と一頭の雌牛と貧相な子馬。それなのにタイユ税、諸税と領主に1フランシャールの小麦と三羽の若鶏を地代として、別な領主には4フランシャールのオート麦と1羽の若鶏と1スーを支払わなければならないという。

「神様がもっと、よくしてくださるでしょう。」とその婦人はいう。年齢は60あるいは70位だろうか。

偉い人々がこのような哀れな人々のために何かをしなければなるまい。しかし、彼女は誰がどのようにしてやってくれるのか、知らなかった。

「貧しい農民の家族」 ル・ナン3兄弟


その婦人は腰が曲がり、労苦で顔に皺があり、こわばっていた。

しかし彼女は実際に28歳だったのだ。

両王国における下層民のこうした風俗の格差を何に帰したらよいのだろう。政府にだ。−23マイル
みすぼらしいという農民たちの衣服は、死んだ誰かの服をお下がりで着るため、たとえば病気で亡くなった人の衣服だと感染する危険もあったようです。

不衛生で貧しく、子供は20歳までの生存は50%に見たず、60歳までの生存は20%に満たないのです。平均寿命が25歳と35歳説がありますが、どちらにしても、花の命は限りなく短かったのです。

さらに18世紀後半のフランスの乳児、幼児の死亡率と考えると、
1歳未満の乳児の死亡率は25%、フランス全土の幼児死亡率は25.6%です。4人に1人の乳児が、1歳の誕生日を前に亡くなっているのです。

Gainsborough, Girl Gathering Faggots (Daughter of the Abdy family) 1782


作品はゲインズボローの描いた農民の少女。

フランスの農民は、「自耕自給」がほとんどです。地主は不在地主の貴族たち。ですから、田畑を耕し収穫するものが生活の糧ですが、重税に飢饉となるとどうなるでしょう。

1787年6月1日
(アーサー・ヤング フランス紀行より要約)

惨めな農村地がラ・ロージェまで続く。

神は私にぐっとこれえる辛抱強さをさずけてくださり、持ち主の不在と無頓着ぶりにあびせる私の呪いを大目にみてくださる

1787-88年の飢饉は歴史に残ります。

ルイ16世の農民への「施し」


「悲惨な収穫の後に最悪の時期は来る。たいてい翌年の初夏の頃だ。それは収穫された穀物が底をつくからだ。そして今年の収穫の時期はまだ来ない。」

この飢饉のために、王妃は慈善事業を支援します。銀食器類などをチャリティーで大麦パンに変えるために。

自然回帰のパーマカルチャーは、自分たちで家を建て、生態系を破壊しないよううに田畑や庭をつくり、暮らしの全てを手工業のように手作りをする、そんな「永続可能な文化」を提唱していますが、この時代の飢饉と厳冬はそんな文化とはかけ離れています。

あの日。マリー・アントワネットの結婚式当日のこと。不吉の一つといわれたセレモニーの「嵐」は、このルイ16世時代の3度の飢饉を予告していたのでしょうか。

Richard Westall, A Peasant Boy, c. 1794

リチャード・ウェストール(Richard Westall)
「農民の少年」

一度目のフランス旅行のアーサー・ヤングは、作品の少年のような人々をみて日記に記しています。

1787年6月10日(フランス紀行より要約)

ぺラックを通る。ついぞ見なかった多くの乞食に会う。乞食も立ち働く農夫も靴や靴下をはいていない。これは根底から打撃を加える貧困である。

貧民による大量消費が富裕者によるそれより重要だ。ポン=デ=ロデスを通り、数軒の小屋を通る。ガラスが1枚も入っていない。マニファクチャなしの国が果たして繁栄できるだろうか。雌牛の飼料は雑草。もうひとつの貧困だ。


アーサー・ヤングは最初の年に、美しい農園に心打たれることは稀で、貧困の農村を見てやるせない気持ちを抱いています。



Jean-Baptiste Siméon Chardin

フランス紀行より要約

1787年5月17日
この日記で農業を講義するつもりはないが、耕作方法がまったくひどい。小麦は雑草と混じり、土地は休閑。フランス人には人にみせるだけの農業がないとしても道路がある。忌まわしい夫役についてしらなかったら、ほめそやしかねないところである。彼らの強制労働からこの偉業は絞り出された。雌牛にやる牧草や雑草を森で摘む婦人たちは貧困の象徴である。

5月31日
悲しきソローニューという貧困な地方に入る。強度の遅霜。ここの貧農は、分益小作農。

つまり経営資本をもっていないのに土地を貸借する人である。土地所有者は役畜と種子を提供してやらざるを得ない。彼と小作農が作物を分ける。貧困を永続化し、農業技術の導入をさまたげる悲惨なやり方だ。

Jean-Baptiste-Siméon Chardin

Jean-Baptiste-Siméon Chardin
(どちらかというと貧農ではない暮らし)


6月6日
リモージュにて。当地の農業協会は愚にもつかぬものを刊行している。

なぜなら農民は全く文字が読めないのに。

教育水準の低さ!

会員に自分で土地を経営しているかを聞いた。屋敷の周辺に分益小作農を置いて、土地を貸すことを経営することだと思っているのであった。

なんのことはない、彼らは全農村の災いと荒廃の原因になっている。まさにあの賃貸様式を自慢しているのである。

6月8日
イギリス人の目にとてつもない光景がはいる。ガラスのない窓。多数の家屋の光景である。



1774年にマリー・アントワネットが王妃になり、「王妃の飾り帯」という国民から祝い金を贈る風習を廃止したのがルイ16世です。

このときのマリー・アントワネットは自らも「王妃はもう飾り帯を締めることはないでしょう。」と感銘を与える名文句を残しています。

ルイ16世とマリー・アントワネットは、病気や高齢者を保護する「博愛の家(メゾン・フィランソロピー)」を後援し、農民のために撒きや毛布をはじめ施しものの配布し、じゃがいもの普及の支援に努めるのです。

実際の農民は、いったい誰が施してくれているのかを知っていたのでしょうか。

1789年1月4日(アーサー・ヤング フランス紀行)

チュイルリー宮殿を散歩。ここではいま、異例の光景を目にする。国王は6人のブルジョワ民兵の近衛兵と1〜2名の宮内官、そして一人の小姓と散歩している。王妃は一人の女官とブルジョワ衛兵。

Marie Antoinette


国王の散歩の時には閉め切った庭園の戸扉は、国王が宮殿に入ると開けられる。王妃はまだ散歩をしているのに。

開かれた扉から一団がくる。王妃が通ると帽子を脱ぐが敬意を示さない。これは私の想像以上だった。

王妃は身体の調子が良くないようで、たいへん大儀そうだ。

囲みの小さな遊び場には近衛兵が二人。皇太子が遊んでいた。5、6歳で感じのよい、とても可愛い気立てのよさそうな少年。すべての人が敬意をあらわし帽子をとる。それを見て、私はたいへん嬉しかった。

しかし国民が革命の嵐でつかんだ自由を確保するために、あらゆる手段を取ったからと非難できない。

Le Pigeonnier (Le Moulin de Charenton) by Francois Boucher

Le Moulin de Charenton by Francois Boucher
「鳩小屋」( シャラントンの水車小屋)
フランソワ・ブーシェ 1750-51


最近、フランソワ・ブーシェの作品を観て、この画家は風俗の格差を痛烈に描いているのでは?と思うようになりました。

この「鳩小屋(コロンビエ)」が、単なる「古典的叙情性を感じさせる風景画」ではないと考えました。

連作のような「水車小屋」、「森」ですが、この主題のものは、当時のフランス農民を苦しめた税にほかなりません。

第3身分が収める税は、貴族の特権をも象徴します。

この「鳩小屋」は、領主権にあるワイン醸造、狩猟、漁撈権と同じ領主の独占権にあたります。そして農民に対しての領主の使用強制権にあたる水車。

鳩小屋の独占権ってなんでしょ?食材?儀式用?それともノアの箱舟にあるように伝書の務め?

伝書が郵便制度と同じ性質を持っているのなら、幌馬車の郵便制度より安いから?あるいは軍事用の伝達だったのでしょうか。

Le Moulin Description

Le Moulin   by Francois Boucher
「水車小屋」 フランソワ・ブーシェ 1750-51


水車小屋は領主のもの。領主の水車を借りて、小麦粉を作るときの水車小屋使用料を支払わなければなりません。

フランソワ・ブーシェの描く風景は、ルイ15世の時代です。この時代にダルヌヴィルは「二十分の一税」を導入しました。

ブーシェの描いた水車小屋は1750年代のフランス。1789年、イギリスのアーサー・ヤングのこの日の日記をお読みくださると領主と農民の税金がよくわかると思います。

1789年8月7日(フランス旅行記より要約なので本文に忠実ではありません。)

明日、ムランから8マイル離れたデ・グッド候の売り地を見に行くことになった。

デ・グッド候の城館に隣接している土地は6アルパン。半分は菜園、半分は果樹園。そして12の池。年額1000リーブルで賃貸に出される二つの水車。

小川はコイ、テンナ、スズキ、ウナギがとれて所有者の食卓をにぎわすし、1000リーブルの定期的な収入がある。

上等なぶどう酒を産する畑と栽培者の家。城館の燃料に十分な森林、収穫物の半分を小作料にした分益小作農、自由小作農に借地にだされる9つの小作地。

Queens Boudoir at the Petit Trianon, a painting by John Claude Nattes

プチ・トリアノン
by John Claude Nattes


それらは金額に換算して15,000リーブルをもたらす。

したがって小作地、水車、そして魚の純益は12,500リーブルになる。

支出は地租、修繕費、一切の領主的権利と上級裁判権があるためギャルド・ド・シャス(狩場の番人)を雇い、土地管理人のための出費、ブドウ酒醸造の費用当は地主負担で、約4400リーブルになる。故にこの所領の年収は純益で8000リーブル強になる。

所領で飼っている羊1000頭、雌牛60頭、雄牛72頭、雌馬9頭、それに豚多数分が入っている
こういう仕組みなんですね。

15世紀後半には、タイユ税(taille)、間接税(aids) そして塩税(gabelle)といった税は国王の利益のために恒常化され、17世紀後半から18世紀には人頭税、十分の一税(dixième)、二十分の一税(vingtième)といった直接税そして多くの間接税がの設けられた。 by wiki

eanne Marie ou Manon Phlipon, vicomtesse Roland de la Platière

グレース・エリオット
オルレアン公ルイ・フィリップ2世の愛妾
王党派を支援、オルレアン公は反王妃派


デ・グッド候の土地を売る話から、税から得た純益で潤される領主の生活と税金の種類や領主権がよく理解できました。

貴族は村の共有地を三分割令によって、三分の一を自分の所有にし、土地台帳に基づかない十分の三の収穫を徴収します。

三圃制農業は冬穀・夏穀・休耕地のローテーションで、休耕地は放牧がされますが、厳しい冬には家畜を飼うことが困難で、とくにルイ16世の治世には霜や雹、セーヌ川の川底が23日間完全凍結するなどの異常な気候が原因のひとつです。

98%を占めるフランスの第3身分(市民)にも、ブルジョワ層(富裕な商工業者や銀行家)、知識層(弁護士や医者や文筆家ほか専門的職業)がいますが、フランスの80%を占める農民がこの第3身分に所属しています。

第3身分 ブルジョワ層
モードの商人
マリー・アンワネットのドレス ローズ・ベルタン

Jean Meslier (15 January 1664 ? 1729) Church of Étrépigny.

Étrépigny, l'église dont Jean Meslier
était curé de 1689 à 1729 by wiki


ヴォルテールは、片田舎の司祭ジャン・メリエ(農民出身)の「覚え書」を 抜粋して出版しました。その覚書には不平等と圧政に対して立ち上がるよう民衆へ呼びかける啓蒙思想とキリスト教を非難した遺書ともいえる手記。写真はジャン・メリノのいたエトラピギニー教会?です。
特権階級は
王族と第一身分(僧侶)と第二身分(貴族)は税金を支払う義務がありません。

特権階級は俸給のほか御下賜金拝受、領主権などのさまざまな特権があり、第三身分からの税金だけでも純益がでます。

特権階級 女官長
ランバル公妃マリー・ルイーズ 美徳の不幸
第三身分は
第三身分(平民)は、権利が無く、重税の義務があります。

Hauer, Jacques (1751-1829) - General Lafayette and Madame Roland

第2身分 ラファイエット侯爵
第3身分 知識層 ロラン夫人
「ラファイエット侯爵とロラン夫人」



大寒冷化現象などの気候によって飢饉になり、不作で貧しい生活が続くなか重税を納めなくてはなりません。

ルイ16世は、ジャガイモ普及、王妃の寄付あつめ、施設の支援、毛布や薪の配布などに援助しました。これでは慈善事業にほかなりませんよね。

第3身分の銀行家のジャック・ネッケルは王妃マリー・アントワネットとその寵臣に質素倹約を進言しますが、アンシャン・レジーム( Ancien régime)の社会では疎まれ、罷免されます。後任のカロンヌ、ロメニー・ド・ブリエンヌは貴族に課税を試みますが、やはり失敗。またまたネッケルですが、三部会の開催を就任の条件とするのです。

アーサー・ヤングの日記にありましたね。「ただし絶好の機会をみすみす失った。」と。

アンシャン・レジーム側の王族の王妃たち、貴族は利権を手放すことを拒否します。

Marie Antoinette als die Muse Erato

革命前年の王妃の肖像画
エラトーに扮するマリー・アントワネット 1788年
 Marie Antoinette als die Muse Erato


国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットが、国を治め、永続的な国家をつくりあげるための考えがなかったのですね。慈善事業と同じように考えていたのでしょうか。

いろいろとアントワネットの誤解や捏造があったようですが、それはモラルのことですよね。レズビアン、近親相姦などなど酷い中身。

ですが、断頭台での処刑は、そういった誤解が原因ではありません。嫌悪感を高めることにはなったでしょうけれど。

結局、国を救えなかったことです。平民の暮らしの水準が極限まで低下していて、改革を試みなかったことなのです。

1789年の選挙で農民や民衆は社会の仕組みを理解するようになったのですから。

| マリー・アントワネット | 17:38 | comments(2) | trackbacks(1) | pookmark |
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コメント
楓のアントワネットの記事で、一番よかったなと思うのが、フランス紀行のこの記事。

第三者、しかも他国の人物がみるルイ16世の治世時代からのアントワネットの素振りが面白い。

28歳の老婆の話ですが、日本も昔は平均寿命は短く老けてみえる女性が多かったのではないでしょうか。

飢饉の時代も日本と同じ頃? この当時の飢饉は世界的な飢饉だったような記憶あり。
| sai | 2009/11/07 6:07 PM |

sai、コメントありがとう。

世界中が飢饉だったわけですよね。

気候が災いした時代背景に、日本もフランスも影響を受けたのでしょう。

実は、インフルエンザではなかったのですが、今日もお熱が37.5度で、先週より下がっているのですが、咳に苦しみ、喉が腫れ、ほとんど食事が通りません。

先週から飢饉のように飢えている私です。

この苦しみですが、おなかが満たされないというのは気力も体力も消耗します。

当時のフランスの平民たちは毎日絶えていたんですね。

このおなかの「ぐ〜」から逃れるために、今日は記事をアップしました。

今日、明日、あさってとお休みです。

とほほのほ・・・です。
| 楓 | 2009/11/09 10:58 AM |

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