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王妃マルゴ マルグリット・ド・ヴァロワ

The young Marguerite de Valois, by François Clouet, c. 1560

7歳のマルゴ 1560年
フランソワ・クルーエ (François Clouet )


「あれは、男を救うというよりは、破滅させるたぐいの美しさだ」
ドン・フアン・デ・アウストリア(ドン・ファン)を言わしめたのは王妃マルゴ。

そして1845年のアレクサンドル・デュマ・ペールの歴史小説「王妃マルゴ(La Reine Margot)」のヒロインは、アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスの第三王女として生まれたマルグリット・ド・ヴァロワ(1553-1615)のこと。

「マルゴ」と呼ばれました。

カトリック派の貴族ギーズ公アンリ1世との結婚を望んだマルゴですが、母カトリーヌ・ド・メディシスはドン・カルロスとの結婚を進めていくのです。

マルゴの奔放な性を云々されていた17歳の頃。



カトリーヌ、3人の王子とマルゴ


亡くなった兄フランソワ2世の妻だったメアリ・ステュアートとドン・カルロスの縁組を阻止するために、カトリーヌ・ド・メディシスは、マルゴの姉でフィリペ2世の妻エリザベトにけしかけるのですが、突然のドン・カルロスの死、姉エリザベトの死で、次の候補者に選んだのが、ナヴァル王アンリです。

二人の結婚は「サン・バルテルミの虐殺」が、この結婚の不幸を物語っています。

新教徒のユグノーたちの虐殺がカトリック派によって、数日間で4000人の犠牲者をだしたのは、マルゴとユグノーのナヴァル王アンリの結婚から5日目のこと。

サン・バルテルミーの虐殺
カトリーヌ・ド・メディシス 黒衣を纏う灰被り猫
フランスでの結婚式でナヴァル王アンリは、ギーズ公アンリによって、宮廷に監禁され改宗させられます。

Alexandre-Évariste Fragonard (1780?1850)

サン・バルテルミーの虐殺時の
王妃マルゴの寝室


ナヴァル王アンリは脱出に成功し再改宗するのですが、残されたマルゴはあとになって行幸行列で送り届けられることになります。

ナヴァル王とマルゴの縁組は、はじめから暗いものでした。

カトリーヌ・ド・メディシスはユグノーのナヴァル王の母ジャンヌ・ダルブレを、王宮での結婚交渉に招きます。

「人はあなたが小さい子供を食べてしまう鬼だと噂しています。わたくしは一度も考えたことはありませんが、その噂を証明するために、このわたくしをお招びよせになるのですか?」

法王ピウス5世、アレッサンドリノ枢機卿の反対を押し切るようなかたちで、カトリーヌ・ド・メディシスは執拗にジャンヌ・ダルブレを招きます。

ここまでしてカトリーヌの心を支配したのは占星術です。

Porträ Margaretes von Valois François Clouet, im Musée Condé, Chantilly

王妃マルゴ
フランソワ・クルーエ


コジモ・ルッジェーリの予言。
「シャルル、アンリに続いてナヴァル王がフランス王位に上るだろう」

歴史は「3アンリ」の継承争いになることも知らないで。

ジャンヌ・ダブレは密かにマルゴと会い、改宗する気持ちを確かめましたが、マルゴは改宗する気持ちのないことを伝えます。ジャンヌ・ダブレはこの結婚を中止を決めます。

ところがジャンヌ・ダブレは急死するのです。「小さい子供を食べてしまう鬼」のために。

1599年、王妃マルゴとアンリ4世は正式に離婚をすることになりました。マルゴの変わらぬ不品行をは、教皇により離婚が決まったということです。

Henry&Margot

アンリ4世と王妃マルゴ


冒頭のドン・ファンの「破滅させられる美しさだ」という言葉。デュマ(父)の小説「王妃マルゴ」で、ファムファタルで有名なサロメのようなシーンを書いています。

スタンダールの「赤と黒」でもなぞられている愛人ラ・モールのこと。

物語では、シャルル9世の謀反のかどで処刑される騎士ラ・モール(弟フランソワの従者)。王妃マルゴは、切り落とされた首を持ち帰り死化粧を施し、接吻をします。さらに翌日の王妃マルゴの奇行に宮殿内は騒然とする。
17歳だったマルゴが結婚を望んだギーズ公アンリも、マルゴの兄アンリ3世に暗殺されました。1588年のことでした。



1571年、現在でもエセーで有名なモンテーニュは、マルゴの兄アンリ3世から叙勲されました。(のちにナヴァル王の王室づき騎士としても任命されています)



王妃マルゴ


わたしの手元にエセー掘粉簀畔幻法砲あります。「自然神学」を書いたレイモン・スボンをモンテーニュは訳し、またエセーの第二巻第十二章は「レイモン・スボンの弁護」からはじまっています。

カトリーヌ・ド・メディシスが、モンテーニューに、マルゴのために執筆させたというのですね。これはナヴァルのユグノーたちへの対応のためなのでしょうか。

こうした書物に親しめるほど、マルゴは知性も高く哲学や科学、スペイン語をはじめラテン語、ギリシア語など語学にも強く、音楽に舞踏と芸術に親しむことも多かったのです。

王妃マルゴの晩年はルーヴル宮殿に近く、親しくアンリ4世ファミリーと接していたといいます。妻と夫としして、王と王妃としては暮らせなかったものの、生涯の友人として、お互いに愛情を抱けていたのですね。

お互いに多くの愛人を持ちながら。

マルゴの最後の愛人はヴィラールという歌い手。そして1615年、マルゴの死によってヴァロワ家の直系は途絶えたのでした。



Coronation of Marie de Medici 1622-24, a painting by Peter Paul Rubens  Coronation of Marie de Medici, where Marguerite (6th from the left) assisted the ceremony

マリー・ド・メディシスの戴冠式

Peter Paul Rubens
ピーテル・パウル・ルーベンス


アンリ4世と離婚した王妃マルゴ。その後も親しく交際したといわれているように、母カトリーヌ・ド・メディシスと同じメディチ家からアンリ4世に嫁いだマリア・ド・メディシスの戴冠式に、王妃マルゴも描かれています。左から6人目だそうです。

このマリア・ド・メディシスをピーテル・パウル・ルーベンスは何枚も描いていますよね。

マリア・ド・メディシスと王妃マルゴの母、カトリーヌ・ド・メディシスの結婚の対画のような作品(ヤコポ・ディ・キメンティ・ダ)があります。

こちらからどうぞ。
カトリーヌ・ド・メディシス 黒衣を纏う灰被り猫

参考:岩瀬孝著「にぎにぎしい女たち」、桐生操著「王妃カトリーヌ・ド・メディチ」、wiki
| ヴァロワ家 | 10:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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