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ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール ルイ14世の菫の貴婦人



ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール


ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール(Louise de la Vallière, 1644年 - 1710年)は、フランス王ルイ14世の弟オルレアン公フィリップと結婚するヘンリエッタ・アン・ステュアートに付き添って宮廷にきました。

オルレアン公フィリップはわたしもちょっと興味のある人物で、幼少時は兄ルイ14世を際立てるためなのでしょうか。女装をさせて育てられ、成人してからは、オルレアン公の個性というか人格に影響することになります。





マリー・マンチーニ(仏マリー・マンシーニ)
ルイ14世の初恋


最近書いた記事 ルイ14世の初恋 マリー・マンチーニはマザリネットといわれたマンチーニ姉妹、マルティノッツィ姉妹からご覧ください。→「マザリネットのマンチーニ姉妹」より

追記:マリー・マンチーニをのぞいて、ラ・ヴァリエール嬢をはじめとして、ルイ14世と王妃を取り巻く公妾たちも含んでいると考えている寓意画「ルイ14世とその家族」もあわせてごらんください。

記事 ルイ14世 御伽の国から夜伽の国へ

Henrietta Anne Stuart

Henrietta Anne Stuart
ヘンリエッタ・アン・ステュアート


このヘンリエッタは、男色家の夫オルレアン公との結婚で、義理兄ルイ14世と恋愛がはじまるのですが、侍女のルイーズに恋をしてしまったため、身を引くことになるのです。

ちなみにヘンリエッタは、かの王妃マルゴのあとにアンリ4世と結婚した、マリー・ド・メディシスの孫になるんですね。

侍女ルイーズをルイ14世との逢引にカムフラージュしてもらったことで、国王の恋心が移ったのです。

アン・ゴロン著「アンジェリク」(全24巻)の、第4巻と第5巻のヴェルサイユの恋人では、主人公アンジェリクがみたラ・ヴァリエール嬢が描かれていますよね。(図書館利用をおすすめ)



ラ・ヴァリエール嬢 1664年
ジャン・ノクレ(Jean Nocret)


alei の記事「ルイ14世」を読んで、あんな匂いの国王を、よく愛し続けられたものだなって感心します。

いったい、いつごろから「国王の匂い」に気絶する女性が増えていったのかしらん。

ルイ太陽王(ルイ14世) 王権神授説の宮廷絵巻
王妃もラ・ヴァリエール嬢も、ルイ14世を生涯愛し続けました。ラ・ヴァリエール嬢は、ルイ14世の寵愛を受けながら王妃に対して罪悪感をもつほど純粋な女性だったようです。



王妃 マリー・テレーズ


公妾の存在に苦しむ王妃。控えめな公妾・ラ・ヴァリエール嬢を、「野にひそやかに咲く菫のような方」と、悩みながらも悪くは思っていなかったようです。

王妃が言うように、ひそやかなラ・ヴァリエール嬢は、国王の歓心を得るのは短かかったのですね。なにせ、社交でのウィットに富む会話ができないようで、飽きられてしまった・・・。

女性の美徳には、薔薇の棘を少々と微量の甘い香水を隠し味に、そして華やかな社交性と機知は充分に必要だということですね。

Françoise Athénaïs de Mortemart, marquise de Montespan

モンテスパン侯爵夫人フランソワーズ・アテナイス


ちょっとスパイスの効いたモンテスパン公爵夫人は、最後のマントノン夫人があらわれるまでは、ラ・ヴァリエール嬢から国王の寵愛を引継ぎ、まるで召使のようにラ・ヴァリエール嬢を扱ったようなんですね。

ちなみにマリー・アントワネット時代のポリニャック夫人が嫁いだポリニャック家は、このモンテスパン公爵夫人の黒ミサで失脚しました。

デュマ(父)作三銃士のダルタニャン物語(第9巻)「三つの恋の物語」では、ブラジュロンヌ子爵、ルイ14世とラ・ヴァリエール嬢の恋が物語になっています。



ルイーズ・ド・ラヴァリエール夫人とその子供


国王に飽きられ、1669年に 菫の方ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールが、シャイヨの聖母訪問会女子修道院に一時身を寄せます。

王妃カトリーヌ・ド・メディシスがシャイヨに建てた館だたんですよ、たぶんその修道院は。このシャイヨ宮(旧トロカデロ宮)の前進が聖母子訪問会女子修道院だったはずです。

ルイ14世といえば父ルイ13世の館ヴェルサイユを宮殿にしてしまうのですが、なぜヴェルサイユだったのでしょうか。

Lely Peter Sir (dit), Van der Faes Peter (1618-1680) - Mademoiselle de la Vallière et ses enfants

ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール夫人とその子供
ピーター・レリー(ペーテル・ファン・デル・ファース)
Lely Peter, Sir (dit), Van der Faes Peter  


実はダンジヨの日記の補註で、サン・シモンは記しています。
(要約:ジャック・ルヴロン ヴェルサイユの春秋)

「王が、ド・ラ・ヴァリエール夫人を愛人にしたばかりの頃、宮廷はサン・ジェルマン・アン・レーにあった。王は週に一度か二度御供を連れ、ヴェルサイユでド・ラ・ヴァリエール夫人とひとときを過ごす。」

それだけの理由ではありませんが、王の侍女ド・ラ・ヴァリエール夫人とのスキャンダルは人目を避ける場所が必要なほどだったのです。

Louise de La Baume-Le Blanc

ラ・ヴァリエール夫人


ルイ14世との間には、1663年にシャルル、65年にフィリップ、66年にマリー・アンヌ(コンティ公ルイ・アルマン1世妃)を、67年にルイ(男色家)を誕生させています。

シャルルが誕生した翌年は、ルイ14世がラ・ヴァリエール嬢のために王の祭典をヴェルサイユで開かれました。

「魔法の島の快楽」といわれた祭典。

モリエールの即興劇、夜の仮装パーティー、バージュ競技に演奏会など1週間にわたる大祭典でした。

ルイ14世 芸術への愉楽

Mademoiselle de La Valliere, age 26

Mademoiselle de La Valliere, age 26
26 歳のルイーズ・ド・ラヴァリエール
もしかしてディアナに扮したルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールかも


片足がもう一方より短いため、ルイ14世はヒールを少し高めにつくった靴を贈ります。

17歳のド・ラヴァリエール嬢は、絶妙な肌合いにブロンドの髪、そして青い目に甘い微笑、その穏やかな風情が、すぐに国王の目に留まったのですね。

18歳のとき、随行してきたヘンリエッタの新しい愛人ギシェ公(夫の恋人)との関係を、ルイ14世に尋ねられますが、二人の関係を話しはしません。国王は怒り、ルイーズはシャイヨのあの修道院に逃げるのは、1662年が最初のことらしいんですね。

その出来事は絵画の作品として残っているほど。国王が修道院に迎えに行ったからなのでしょう。 



ラ・ヴァリエール夫人とその子供たち
ピエール・ミニャール


1663年、最初の子シャルルが生まれたこの年に、オルレアン公が王妃にその件を知らせます。たいへん苦しい思いをした王妃。

セイントロイでの秘密の出産は、侍医ブーシェ、あのジャン=バティスト・コルベールによって守られたはずが、パリ中の噂になります。

ルイ14世 コルベールの重商主義芸術政策

ちなみにコルベールは1671年に、ルイーズが修道院に身を寄せたときも迎えに行っています。
ルイーズとルイ14世の子供は6人で、1人が死産で、もう一人は流産。4人の子供たちで成人したのはルイとマリー・アンヌだけでした。



ラ・ヴァリエール夫人


23歳のときに最後の子ルイが誕生し、ヴォージュール伯爵夫人の称号と領地を与えられます。

それは6年間の愛の決算なんですね。いよいよモンテスパン侯爵夫人がルイ14世の寵愛を受け、ヴェルサイユに入城します。

ルイーズは、国王にすがり泣きますが、結局モンテスパン夫人に召使同様に扱われ、27歳のときにまたシャイヨの修道院に身を寄せますが、コルベールに連れ戻されます。


1674年に、彼女がパリのフォーブールセイント-ジャックのカルメル会修道士修道院を入れることが最終的に許可されました。



マーシーの修道女ルイーズ
ピエール・ミニャール


のちのマントノン侯爵夫人が引きとめるのをやめてしまうほど、ルイーズの固い決心だったのです。

オルレアン公爵夫人エリザベート・シャルロット・ド・バヴィエールにルイとマリー・アンヌを託し、ルイーズは王妃マリー・テレーズに跪き、これまでの罪の許しを請います。

王妃はラ・ヴァリエールの黒いベールを開きキスをします。

こうしてマーシーの修道女ルイーズとなったラ・ヴァリエールを見舞うようになる王妃。

ルイーズは「この世で死に、神に生きた」と言葉を残しているようです。

さて、ラ・ヴァリエール嬢をはじめ女性を奔放したルイ14世。彼はどんな国王だったのでしょうか。

太陽王ルイ14世展 ヴェルサイユ宮殿
ルイ14世 唯一の信仰 唯一の法 唯一の王

ルイ14世 王権神授説の宮廷絵巻
ルイ14世 芸術への愉楽
ルイ14世  コルベールの重商主義芸術政策
ルイ14世 スペイン継承戦争 フェリペ5世への箴言
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