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ドゥニ・ディドロとエカチェリーナ2世

1765年のドゥニ・ディドロ。娘マリ=アンジェリクの結婚持参金に百科全書の報酬はちっとも助けにはなりません。そこで蔵書を売却することを思いつきます。

交渉はうまくいかない。

ドゥニ・ディドロの記事
記事「ドゥニ・ディドロ ディドロと演劇
記事「ゥニ・ディドロ 百科全書の時代
記事 「ブーガンヴィル航海記補遺 その3
記事 「 ブーガンヴィル航海記補遺 by ディドロ
記事 「第3章 司祭とオルーの会話/第4章 司祭とオルーの会話の続き

1762年、ロシアのエリザヴェータ女帝が急死しました。この女帝とフランスの公妾ポンパドゥール夫人とオーストリア女帝マリア・テレジアの3枚のペチコート作戦とがすすめられた「7年戦争」もおしゃかになってしまいます。



ォルテールに「ロシアのポンパドゥール夫人」と揶揄されたエリザヴェータ女帝のあとを継いだのはピョートル3世。マリア・テレジアの息子ヨーゼフ2世同様にこのピョーテル3世もまた、敵のフリードリヒ2世の大ファンで、女帝が急死したのを幸いに戦争を終わりにします。

そのピョートル3世の后が”玉座の上の娼婦”とよばれたエカチェリーナ2世(エカテリーナ2世)です。すごい異名ですね。

このエカチェリーナ2世が、1765年にディドロの蔵書を書い取ったばかりか、管理までも委託し、さらに年金の支給までも果たしました。この時にディドロを女帝の庇護のもとに置くことができると考えたのですね。

エカチェリーナ2世はピョートル3世を暗殺させ、1762年に女帝となって執務を握ったのです。彼女の野望達成に、ディドロをロシアへ召喚しようとしました。なんとしてもフランスの思想でこの国を治めたいと。残念なことに、このときディドロは断ったのです。でも蔵書を買い取ってくれた時には・・・。



「簒奪者の女帝」ともよばれたエカチェリーナ2世
クーデターを敢行した時にはエカチェリーナは軍服
の男装で自ら馬上で指揮を取ったとされています。


エカチェリーナ2世は、マリー・アントワネット同様に、ピョートル3世とは夜の営みがありませんでした。さらにこの妃を廃位させ、寵姫を新たな妃としたい。

この女帝がフランスの王妃マリー・アントワネットとおなじように美しく着飾り、ほとんど味方のいない彼女は反妃派に囲まれ、ピョートル3世との営みもなく愛されもせず、あのエルミタージュでは女帝ではなく一人の人間としての彼女の癒しの場所をもち、そして世界中で一番多くの恋をし、そして貴族の反感、農民のクーデターも経験します。。

マリー・アントワネットと違うのは、彼女の場合は小領邦君主にすぎない公女で、本来ならピョートル3世に嫁げる家柄ではなかったこと。そしてフランス語に堪能で知性や教養を磨いて魅力的で美しい女性となる努力を惜しまなかったこと。そして高い誇りがあったこと。国を啓蒙思想でつくりあげ女帝として君臨すること。

その知性はフランスのモンテスキュー、ヴォルテール、ディドロらと手紙のやりとりをするほどでした。



エカテリーナ・ヴォロンツォーワ、
後のエカテリーナ・ダーシュコワ公爵夫人


彼女の寵臣ともいうべきダーシュコワ(ダーシュコヴァ)夫人は、宰相にのぼりつめたミハイル・ヴォロンツォフの姪です。ポリニャック夫人ランバル公妃と同じ女帝の女官長です。のちにアカデミー長官にのぼりつめます。こちらはさすがに格上ですね。

この女官長はエカチェリーナ2世と敵対するピョートル3世の寵姫エリザベータ・ヴォロンツォーヴァの妹になるのですが・・・。

奇しくも女帝と同じ名をもつエカテリーナ・ダーシュコワは、高い教育を受けた女性で、フリードリヒ2世と会見し、パリでドニ・ディドロ、スイスではヴォルテールと会ったのは1770年以降のことですが、彼女の少女時代に、すでにモンテスキュー、ヴォルテールを読んでいたといいます。

エカチェリーナ2世との政治論、社会論、芸術論を話すことが、二人の関係を結びつけたのでしょう。

当時のロシアは思春期まえの未成熟な社会で、法律の制定、身分制の見直し、経済の立て直し、教育の改革などに着手しようと女帝は考えていたのです。



エカチェリーナ2世(エカテリーナ2世)1745年


ですが貴族の反発にあいます。彼女の政策が蕾をつけるのは、1774年以降になります。

ディドロの蔵書を購入したエカチェリーナ2世は「啓蒙君主」としてフランスでもてはやされます。この女帝もそれを見込んでのことでしょう。

さてディドロは、蔵書の恩義に意を表明するために、1773年にぺテルブルグを目指します。

6月の出発で10月に到着したディドロは「生きているというよりは、むしろ死んだも同然の姿」だったらしいんですね。死人の旅の到着でしょう。

持病をもつ60歳の老人、それが当時のディドロだったのです。

そのディドロの滞在中、女帝は毎日引見します。トゥーヌール編「ディドロとエカチェリーナ2世」によると、「女帝は、ディドロのはげしい身振り、手まねをさけるために、彼との間に小さなテーブルを置くことにしていた。そうしなければ対談が終わる頃には、"腿を何度も叩かれて黒いあざができる"に違いなかったから」とありました。




エカチェリーナ2世 大公時代?


長旅で死人同然で到着した老人ディドロはまだまだ力強かったんですね。

専制君主のご機嫌伺うことだけの廷臣にはみられない大胆さ、率直さ、才知が非常に女帝が気に入っていたといいます。

女帝はディドロにこう話したことがありました。

「あなたは紙の上でお仕事をされています。紙の上では全てが許される。ですが、この哀れな女帝である私は、人間の皮膚の上で仕事をしているのです。すぐに痛がったり、くすぐったがる皮膚のうえで。」

そうなんです。慈悲的な政治を目指していたものの、1773年のプガチョフの乱は、農奴の解放に失敗したことを示します。それ以後手をつけていない女帝。結局ディドロの計画した農民(農奴)の教育はおこなわれなかったのです。




玉座に座るエカチェリーナ


こうした女帝を批判もするディドロですが、帰国するまでのエカチェリーナ2世との間では、道徳と文学の話しだけになったといいます。

ディドロは1774年の春にパリに帰ることになります。到着は10月の末に近かった。また死人同然で帰国したのでしょうか。時代はルイ16世が王座につき、マリー・アントワネットは王妃となっていました。

ディドロの時代のルイ15世もポンパドゥール夫人も亡くなって、デュ・バリー夫人はヴェルサイユを去ったあと。

この頃は1775年のアメリカ独立戦争で、イギリスの弱体化を狙うフランスは援助することになっていました。これがフランスの社会秩序を乱すこととなる不吉な戦争参加です。

こうしてディドロのまわりは、にわかに変わっていくのです。ヴォルテールが死に、そして仲たがいをしたルソーが死に、輝かしい18世紀の哲学者の時代が過ぎようとしていたのでした。

でも、ディドロはまだ生きています。このあと最後の大作を刊行するのでした。

参考、引用
wiki、世界の名著 編修 串田孫一
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