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ベラスケス没後350年 王妃マリー・テレーズの肖像画



ルイ13世 王妃 アンヌ・ドートリッシュ1622-25
バロック・スタイルのルイ14世の母、マリー・テレーズの叔母
by ピーテル・パウル・ルーベンス


ルーベンスとベラスケスは親しい仲だったようですね。ルーベンスがこのスペイン・ハプスブルグ家をどうみていたのかを、ベラスケスの肖像画をみて語ったことを記事の最後のほうに書き添えるつもりです。

さて、「神の飲み物」とよばれたショコラをフランスに伝えたのは、この肖像画のルイ13世の妃スペインの王女アンヌ・ドートリッシュです。1615年のこと。

このスペインにショコラを伝えたのは、アステカ帝国(1325年-1521年)を征服したのが文化破壊行為として知られているエルナン・コルテス(1485-1547)です。



スペイン王女 マリア・テレサ (マリー・テレーズ)


コルテスはアステカ文明を紛糾し、原住民を虐殺・虐待し、多くのものを略奪しました。その略奪品のひとつがショコラとして飲まれていたカカオ。

このショコラを伝えた王女アンヌ・ドートリッシュの姪マリー・テレーズ(マリア・テレサ)がルイ14世に嫁いでさらにひろまったわけです。

マリー・テレーズ(マリア・テレサ)はスペイン王フェリペ4世とマリー・ド・メディシスの娘イサベル・デ・ボルボーンの第八子として誕生しました。つまりアンリ4世は祖父で、王妃マルゴのあとの妃マリー・ド・メディシスが祖母になるんですね。



スペイン王女 マリア・テレサ(マリー・テレーズ) 
ディエゴ・ベラスケス


マリー・テレーズの父フェリペ4世が18歳のときに、ディエゴ・ベラスケスを見出し肖像画を描かせました。ベラスケス24歳のとき。彼の死因は過労死で、ルイ14世とマリー・テレーズ(マリア・テレサ)の結婚式準備の責任者でもあり、無事に式が終わった2ヵ月後に亡くなりました。

王の家族を描いた有名な「ラス・メニーナス」は、マリー・テレーズ(マリア・テレサ)の異母妹マルガリータ王女。

記事 Baroque 歪んだ真珠 青い血のスペイン・ハプスブルグ家

ここからはマリー・テレーズのほかの画家の肖像画のほかに、父フェリペ四世の二人の王妃、子供たちが記事になっています。
マリア・テレサ(マリー・テレーズ)がルイ14世のもとに嫁ぐことになり、このときは5歳のマルガリータ王女がスペイン・ハプスブルグ家を継ぐことになっていたからでしょう。名作のなかのヒロインの影に隠れていたマリー・テレーズ。



肩にある装飾 金刺繍


ところが歪で道化のようなカルロス2世の誕生で、このいかがわしき佇まいのマリー・テレーズの異母弟がマルガリータ王女に変わって継ぐことになります。

ルイ14世の弟王フィリップ1世(オルレアン公)と王妃ヘンリエッタ・マリアの娘マリー・ルイーズ・ドルレアンがカルロス2世の最初の王妃となり、心労による憂鬱症で急死しています。



スペイン王女 マリア・テレサ(マリー・テレーズ)
ディエゴ・ベラスケス


1660年8月26日、マリア・テレサはマリー・テレーズとしてパリに到着すると優雅に手を振ります。可愛らしい性質です。

弟王に嫁いだヘンリエッタ・マリア、その侍女のルイーズがルイ14世の愛人となり、彼女の心痛を和らげるのは叔母でもあるアンヌ・ドートリッシュとのカード遊び、子猫や子犬、そしてショコラで一息つくことくらいでしょうか。

もしかすると、16世紀になって流行した「慰みもの」とよばれた道化師や矮人、狂人に黒人を召使として連れてきていたのでは?

政治や文学に無関心であったというマリー・テレーズですから、退屈な時間を埋めるには彼らが傍らにいたのではないかと考えました。



胸の飾り コサージュ


よくルイ14世は王妃も愛妾も同じように接していたとありますが、そうではなく、絶対王政のなかで、王妃を軽んじることはルイ14世の王権神授説にあってはならないことですものね。

ルイ14世の絶対王政時代には王妃に敬意を持って接した偉大さも、サン・シモンあたりに書かせたのではないでしょうか。そしてあからさまに不貞をはたらいてるのです。

それでもなお「王とショコラは私の情熱そのもの」と語るマリー・テレーズ。悪臭と歯抜けの国王がそんなに魅力的だとは・・・。



マリア・テレサ(マリー・テレーズ)1653年
ディエゴ・ベラスケス


ルイ14世が恋していたマリー・マンチーニのことも知らず、そして愛妾となる侍女のモンテスパン夫人の野心と、マリー・テレーズの周囲ははじめから儚い幸せの結婚でした。

そしてルイ14世は愛妾には許していた宝石や衣装を子犬に着せて散歩させることを、王妃だけには禁じます。王妃として地位にふさわしい行動を望んだからですね。

ベラスケスは結婚前のマリー・テレーズを描いていますが、当時のパニエの流行とスペインで流行していた髪形を作品の中で印象つけています。

横に広がった「ヴェルチュガダン」(輪骨入のパニエ)で、籐でできた輪骨は独特な広がりを見せていますが、どうでしょうか?髪型も「ヴェルチュガダン」のようですよね。

  

手、胸に咲く花飾りにゼンマイ時計でしょうか?


当時スペインの宮廷ファッションはルイ14世以前はヨーロッパの流行そのものだったのです。

「モードはフランスから」といわれたのはルイ14世以降です。
記事「ヴィヴィアン・ウェストウッド 画家 ヴァトーのドレス
記事「シャネル以前 宮廷のクチュリエ ウォルト
記事「マリー・アンワネットのドレス ローズ・ベルタン

それではフランスに嫁いだマリー・テレーズの肖像画をご紹介します。ドレス、髪型もスペイン・モードとは違います。



百合紋章の「王妃マリー・テレーズ」 
もう1枚 another→click image
by シャルル・ボーブラン&アンリ・ボーブラン

 

左マリー・テレーズ・ドートリッシュと王太子
by ピエール・ミニャール
右 マリー・テレーズ・ドートリッシュ ミニャールっぽいですよね?



ルイ14世の母アンヌ・ドートリッシュとマリー・テレーズ・ドートリッシュ
もう一枚 ↓another →click image ↑
百合紋章のドレス 「王妃マリー・テレーズ」 シャルル・ボーブラン作


フランスのピエール・ミニャール、シャルル・ボーブランが描いたマリー・テレーズ。ドレスもバロック調に変わっていますね。

それではもう一度ベラスケスに戻りましょう。



マリー・テレーズ Maria Theresa of Spain
ベラスケス Diego Rodríguez de Silva y Velázquez


フェリペ4世とイザベル・デ・ボルボンの第二子のマリー・テレサの肖像画を描いたベラスケスは、イタリアから帰国したあと描いた作品で、ウィーンに送られたそうです。

この威厳を示す飾り立てた鬘に、宝石を飾った豪華な衣装。ベラスケスは乳白色の絵の具を薄塗りした上に襟と袖、朱で無造作に描いたコサージュ、白とグレーで描いた真珠の飾りは、ある一定の距離から眺めるときにその実在感がみえてくるそうです。



マリー・テレーズの母 王妃イサベル・デ・ボルボン騎馬像
ベラスケス?ともいわれている作品


この騎馬像は、マリー・テレーズの両親と、祖父フェリペ3世、王妃マルガリータ・デ・アウストリアの二世代の国王夫婦、そして急逝したカルロスを描いたものです。ベラスケスのものと断定しがたいもので、加筆の可能性があるとされている作品。マリー・テレーズのお母様はとっても美人でした。マリー・テレーズが幼いうちに亡くなったようです。


右のマリー・テレーズは穏やかな顔つきです。左のお顔はどうでしょう。まるで不愉快さを隠せずにいまにも泣き出しそうな顔。

マリー・テレーズの4つ違いの従兄妹。マリアーナ・デ・アウストリアは、王妃イサベルが亡くなって、フェリペ4世に嫁いできたのでした。マリー・テレーズの義母となったのです。



left: Mariana de Austria 王妃マリアナ・デ・アウストリア
right: Marie Thérèse d'Autriche マリー・テレーズ
by Diego Velázquez ディエゴ・ベラスケス


マリアナはフェリペ4世の長男、スペインの王太子バルタサール・カルロスに嫁ぐことになっていましたが、バルタサール・カルロスが急逝したために王妃もなくしたフェリペ4世に嫁いだのです。

フェリペ4世とマリアナの子カルロス2世は、この近親の血に呪われたのでしょうか。



王妃マリー・テレーズの義母マリアナ


マリアナは「ラス・メニーナス」のマルガリータを産んだあと病床に伏していたそうです。ウィーンからマドリードの宮廷に、30歳も年齢差がある叔父に嫁いできた異国の花嫁。

雪山行二氏はマリアナの別な肖像画の作品解説で、「積もりに積もった不満は何よりもふくれっつらとへの字口が物語っている」と書いていましたが、どの作品もベラスケスの描いた肖像画はそのとおりのお顔。

そっくりだといわれていたマリアナとテレーズは肖像画も間違えてしまいそうですが、ふくれっつらは義母のほうです。



Felipe IV de España(フィリップ4世)
Isabel de Borbón (イサベル・デ・ボルボーン)
by Diego Velázquez ディエゴ・ベラスケス


なにかの本(最近出版されたもの)に、「フェリペ4世はベラスケスの肖像画以外はすべて宮廷から撤去した」とあり、よほどベラスケスの才能に魅入られたようですが。

でも、ベラスケスの実際は多くの廷臣の一人で、「絵のかける廷臣」に過ぎない境遇だったようですよ。

フェリペ4世がベラスケスの才能に目をかけるなら「宮廷画家」として彼に多くの作品を描かせる機会を与えるでしょう。ところがベラスケスには「合間に絵をかかせる」ほどの扱いでした。




ラス・メニーナスのベラスケスとフェリペ4世、マリアナの肖像画


スペインに来たルーベンスはそうしたベラスケスをみて、イタリアに来るように声をかけます。

ルーベンスは画家としてのベラスケスが時間に制約されているのを知っていました。制約しているのはフェリペ4世。ルーベンスはフェリペ4世に失意の念を覚えたのではないでしょうか。

ヴィレム・ファン・ハーヒトの描いたルーベンス
「コルネリス・ファン・デル・ヘースト(フェリペ4世の叔母の夫)の収集室」でおなじみのシリーズにルーベンスも描かれています。

記事 Baroque 歪んだ真珠 青い血のスペイン・ハプスブルグ家

ここからはマリー・テレーズのほかの画家の肖像画のほかに、父フェリペ四世の二人の王妃、子供たちが記事になっています。

この騎馬像という作品がベラスケスとしてよいのだろうか・・・。専門家たちの疑問ですが、ルーベンスはベラスケスの描いたフェリペ4世の肖像画から次のような発言をしています。

「他人をいとも簡単に信用するわりには自分(フェリペ4世のこと)に自信をもたなかったしっぺ返しを今になって受けている。」とルーベンスはフェリペ4世を酷評したのです。



マリー・テレーズの義妹マルガリータ王女 by ベラスケス


沈み、疲れきった国王をありのままを描いたベラスケス。「陛下賛美をもって報いる画家ではなかった。」と清水憲男氏は解説しています。(ルイ14世の絶対王政のもとの宮廷画家とは正反対ですね。)

先の最近の出版物では「醜い顔だが黒い服をまとい空間にたたずんでいるだけで、王の威光を放っている」と書いてありましたが、ルーベンスの酷評、清水憲男氏の解説のほうに肯いてしまう私です。

「ただ一人の女性、ただ一人の友、−国王、ただひとつのアトリエ、−−宮廷」(オルテガ)がベラスケスの人生だといいます。

そのただ一人の妻はベラスケスの後を追うように亡くなりました。ですがベラスケスは国王を唯一と思っていなかったように、実は隠れた女性が一人いたのでした。


シャルル・ル・ブランによるタペストリーの下絵は、上がピレネー条約でのルイ14世とフェリペ4世の会見です。なんとマザラン、アンヌ・ドートリッシュ、弟王弟王フィリップ1世(オルレアン公)まで描いています。さすがフランスの宮廷画家。フェリペ4世側はマリー・テレーズのほかはよくわかりません。ここにベラスケスがいるような気もするのですが・・・。下の画像は二人の結婚式のものになります。

記事「「ルイ14世 唯一の信仰 唯一の法 唯一の王 」にはピレネー条約の大きな画像があります。


ベラスケスの最後のお仕事になったと思われるマリー・テレーズとルイ14世の結婚式準備。はじめはこの2枚のタペストリーはベラスケスの従兄弟にあたるドン・ホセ・ニエト・ベラスケスが勤めるタペストリー工場で織られたものかしら?って思ったのですが、フランスの宮廷画家シャルル・ル・ブランの下絵ですので王立タペストリー工場で織られたものですね。

マリー・テレーズの持参金の交渉も画家ベラスケスが引き受けたのかどうかわかりませんが、350年前に、一人の才能のある画家が宮廷の激務で亡くなったことは事実なんですね。


機会をみつけて本記事の更新をしたいと思います。

ディエゴ・ベラスケス関連記事
記事「ディエゴ・ベラスケス 二人の聖女
記事「パブロ・ピカソ ラス・メニーナス
記事「没後350年 ディエゴ・ベラスケス

そしてフランス王ルイ14世とマリー・テレーズの結婚から350年も今年なんですよ。
| ハプスブルグ家 | 23:40 | comments(0) | trackbacks(4) | pookmark |
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