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カテリーナ・スフォルツァ(Caterina Sforza)の謎 ボッティチェッリ プリマヴェーラから



モーセの試練 羊飼いの女たち
モーセに羊飼いから解放された司祭の娘たちでしょうか。



左の羊飼いの女のカテリーナ・スフォルツァ
モーセと結婚をしたチッポラでしょうか。



 Lorenzo di Credi Ritratto di en:Caterina Sforza c. 1481-1483 Pinacoteca Civica di Forlì, Italia

38歳頃のカテリーナ・スフォルツァ(Caterina Sforza)1481-83
カテリーナの肖像画はclickで!(ヴィーナスに似てませんか?)
byロレンツォ・ディ・クレディ(Lorenzo di Credi)


  Musei di San Domenico, lorenzo di credi, dama dei gelsomini 1485-90.Lorenzo di Credi

ロレンツォ・ディ・クレディ
左 カテリーナ・スフォルツァの肖像 1481-83 フォルリ市立絵画館
右 ジャスミンと女性の肖像 1485-90 フォルリ、サン・ドメニコ美術館




レオナルドはミラノ公国のルドヴィーコ・スフォルツァ(イル.モーロ)のところに音楽大使として派遣されたのは1482年のこと。都落ちとでもいいましょうか。

このイル・モーロは、あのボッティチェッリのデッサンから寄木細工をつくったものもあるという小書斎を持つウルビーノ公フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロと深い関係があります。

イル・モーロはフランチェスコ・スフォルツァの次男。ウルビーノ公の妻バッティスタ・スフォルツァ(1446 - 1472)は、フランチェスコ・スフォルツァの弟アレッサンドロ・スフォルツの長女になります。

記事「フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ 小書斎」 神曲 地獄編の子孫
イル・モーロとフェデリーコの妻は従兄妹同士なんですね。

カテリーナ・スフォルツァ(1463-1503)は、フランチェスコ・スフォルツァの長男ミラノ公ガレアッツォ・マリーア・スフォルツァの庶子になります。愛人ルクレーツィア・ランドリアーニとの子になるんですね。

Caterina Sforza

三美神あるいは神学的徳のカテリーナ・スフォルツァ

threegraces


とっても不思議。

ボッティチェッリはメディチ家の擁護を受けています。最近ではメディチ家のカトリーヌ・ドメディシスの父ロレンツォ豪華王の暗殺(パッツイ家の陰謀)を企てたのがフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロだという説まであり、その暗殺ではロレンツォの弟ジュリアーノが暗殺されました。

「パッツイ家の陰謀」(1478年)です。
パッツイ家の礼拝堂はこちら→「サンタ・クローチェ教会」より

カテリーナ・スフォルツァの最初の夫ジローラモ・リアリオ・デッラ・ローヴェレ伯爵は、パッツィ家の陰謀の黒幕ともいわれ、ジローラモは暗殺されます。

その黒幕は弟ジュリアーノを殺されたロレンツォだと。

メディチ家と反目するスフォルツァ家に生まれ、メディチ家のロレンツォ豪華王、ジュリアーノの暗殺の黒幕だともいわれているジローラモに嫁いでいるカテリーナ・スフォルツァ。

なぜ、その彼女がメディチ家の依頼したと思われる「ラ・プリマヴェーラ」に描かれているのでしょう。不思議。

日本での専門家の解説ではシモネッタではないかという説が多いですが、ヨーロッパではこの女性はカテリーナ・スフォルツァと解釈しているものが多いです。日本とヨーロッパの専門家の違いは多いですね、この作品に限らず。

記事「Sandro Botticelli サンドロ・ボッティチェッリ

なんと!この記事からその不思議が解明されそうな説とボッティチェリの聖母子に描かれたカテリーナの作品をみることができます。


このプリマべーラのカテリーナ・スフォルツァは、ヴィーナスの誕生の女神ホーラと同じスタイルで描かれています。

これは二人がカテリーナではないかしらなんて惑わすようなことはいいません。

でも、ちょっと可能性はあり?

このカテリーナは大変な美貌に恵まれ、本人もかなり自覚をしていたようですが、残されている肖像画を見る限り、母のルクレーツィア・ランドリアーニの肖像画のほうが一層、印象に残る美人さんです。

それなのにカテリーナの評判がよく聞こえてくるのは「女傑」と言われる所以の逸話。

しとやかさはなく、「ドレスをたくし上げて敵を呆気にさせる」などの大胆な女性。領民には人気はなく、また報復の凄まじさ。気性があらい美女。

このカテリーナをボッティチッェリの作品から多く見られるのです。シモネッタやメディチ家の人々よりも。

さてこのプリマベーラ、気になるヴィーナスの誕生も、メディチ家が描かれた「東方三博士の礼拝」のように依頼主はメディチ家ではないのかもしれませんね。



San Barnaba Altarpiece

アレクサンドリアのカタリナのカテリーナ・スフォルツァ

このサンドロ・ボッティチェリの作品に見覚えがあるでしょうか?聖カタリナのカテリーナ・スフォルツァです。こちらの作品はこちらからご覧ください。

記事「サンドロ・ボッティチェリ サン・バルナバ、そしてサン・マルコの祭壇画



そして、サンドロ・ボッティチェッリ「聖霊降誕」 1495−1505に描かれているマリアも、このカテリーナ・スフォルツァだということです。上4枚のカテリーナの聖母子といっしょにご覧ください。

記事「Sandro Botticelli サンドロ・ボッティチェッリ



そしてこの聖母子もカテリーナ・スフォルツァを描いているといわれているようです。

左上 こちらの記事にある2枚の聖母子がカテリーナ・スフォルツァといわれている作品。

記事「ボッティチェリ 聖母子

右上はこちらから。
記事「サンドロ・ボッティチェリ

左下は「石榴の聖母子」
記事「サンドロ・ボッティチェリ 聖母子(トンド スタイル

最後はこちら
記事「ボッティチェリ 至福の花々 (サンドロ・ボッティチェッリ)






カテリーナ・スフォルツァ,メディチ
マルコ・パルメッザーノMarco Palmezzano


彼女のすべては恋に贅沢に権力。3度目の結婚はメディチ家。あのヴィーナスの誕生、そしてプリマべーラが発見されたヴィラ・カステッロに彼女は滞在しています。

ジュリアーノ、ロレンツォ・デ・メディチ(イル・マニフィコ)ら本家の従兄弟たちと育ったジョヴァンニ・デ・メディチと結婚したのが1497年のことです。

ピエルフランチェスコ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチの息子ジョヴァンニ。2枚の作品が飾られていたヴィラ・カステッロの領主。

もともとこのロレンツィーノと呼ばれたピエルフランチェスコのフィレンツェのお屋敷に「パラスとケンタウロス」とともに飾られていたそうです。
過去記事「ボッティチェリ 至福の花々 (サンドロ・ボッティチェッリ)
「パラスとケンタウロス」があります。




聖母と聖カタリナ、殉教者たち 
聖カタリナのカテリーナ・スフォルツァ
ボッティチェリの弟子 フィリッピーノ・リッピ 1501-03




聖母子と聖ヒエロニムスとドミニク
聖母のカテリーナ・スフォルツァ
ボッティチェッリの弟子  フィリッピーノ・リッピ




カテリーナの3番目の夫ジョヴァンニは兄ロレンツォとジローラモ・サヴォナローラを支援します。

どうでしょうか。

ロレンツォ豪華王よりも、このロレンツィーノ親子とのほうが、ボッティチェッリとの距離が近いような気がするんですね。

カテリーナの最後の結婚はジョヴァンニが亡くなってしまい1年で終止符となります。ですがその子孫には、ジョヴァンニ・デッレ・バンデ・ネーレ(ジョヴァンニ・デ・メディチ)、孫にトスカーナ大公コジモ1世と続いていきます。

1499年、チェーザレ・ボルジがイーモラ・フォルリ征服を果たし、カタリーナはアサンタンジェロ城での監禁され、そのあとはヴィラ・カステッロで暮らすのです。

カテリーナが埋葬されたのは、当時8歳のカトリーヌ・ド・メディシス(カトリーヌ・ド・メディチ)が、反乱軍の人質として預けられたムラーノ尼僧院だということです。



カテリーナ・スフォルツァの母ルクレーツィア・ランドリアーニ(Lucrezia Landriani)



ルクレーツィア・ランドリアーニ(1440年生まれ)
大きい画像はこちら
記事「
中世イタリア ルネッサンスの美女


ガレアッツォ・マリーア・スフォルツァ(Galeazzo Maria Sforza 1444-1476)の最初の妻ボナ・ディ・サヴォイア(Bona di Savoia)との結婚は、1468年のことですから、その以前より愛人関係にあったのでしょう。

ルクレーツィアはジャン・ピエロ・ランドリアーニ伯爵の妻で、伯爵はガレアッツォ・マリーア・スフォルツァの親しい友人でもあったようです。

ランドリアーニ伯爵との間には、ピエロとビアンカという子が二人。愛人のガレアッツォとには4人の子を誕生させています。

当時の絶世の美女と謳われたルクレーツィア。

サンドロ・ボッティチェッリはカタリーナの母、ルクレーツィア・ランドリアーニも次の作品に描いています。

記事「サンドロ・ボッティチェリ Sandro Botticelli  システィーナ礼拝堂」からご覧ください。



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サンドロ・ボッティチェリ 聖母子(トンド スタイル)
KAFKAのサンドロ・ボッティチェリの「ユディト」を拝見して、記憶にボッティチェリが蘇ってきました。 この作品は、「Virgin Child John Baptist (聖母子と聖ヨハネ)」(1480-82年)で、市立博物館 ピアチェンツァ 所蔵です。 ボッティチェリ(1444/1445年 - 15
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