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プチ・トリアノン Petit Trianon
新年あけましておめでとうございます。今年はプチ・トリアノンが書初めです。

Chemin de treillage menant du Petit Trianon au Petit Theatre

プチ・トリアノン宮  (Petit Trianon)


私の憧れるプチ・トリアノンは、王妃が「ルソーの思想」を反映したという説があり、少し驚いています。「ルソーの思想」ではなく、「ピトレスク趣味」なんですよね。たとえば使用されている「自然に帰れ」ですが、ルソー自身はこの言葉を使用していません。

記事 ルソーの妄想・空想・瞑想
自然に戻れ、戻れると主張している自然賛美でもありません。ルソーの「自然」とは自己充足性の美徳、善性、自由と平等でしたよね。「自然回帰」ではないです。「自然状態」、「自然人」であって、それは自然に親しむという思想ではありません。

Queens Hamle

王妃の村里 ル・アモー 1783年 リシャール・ミック


ルソーの「新エロイーズ」(1761年)では、アルプスの山岳、イギリス式庭園などの風景が書かれています。これが流行するわけですが、これを「ルソーの思想」とするのはいかがなものでしょうか。

フランスの人工美の庭園と反対で、手を加えずに自然な風景を大切にしたものです。そういう風景をピクチュアレスク(picturesque)っていいますよね。廃墟、洞窟がその象徴です。
ヴィーナスを祀る円形の古代神殿 1788
ルーヴル美術館 ユベール・ロベール
Hubert Robert

Lîle des peupliers Château dErmenonville

ジャン=ジャック・ルソーの墓所 ジラルダン侯爵邸内の庭園


1778年、ルソーはエルムノンヴィルの渓谷のほとり、古代の洞窟や廃墟があるジラルダン侯爵邸内の庭園に埋葬されました。廃墟の画家と呼ばれたユベール・ロベールがデザインした墓所は、ポプラ島で、城館に面した池に浮かぶ小島です。

このルソーの死の4年前。マリー・アントワネットは、1774年8月15日、ルイ16世からポンパドゥール夫人の離宮を与えられました。

Belvedere

プチ・トリアノン ベルヴェデール Belvedere 岩山
1777年 リシャール・ミック


王妃はルイ15世の植物園だった「王の庭園」をパリに移動させます。そして建築家リシャール・ミックは、ルソーの墓所をデザインしたユベール・ロベール、植物学者クロード・リシャールの協力を得て、プチ・トリアノンを拡大します。

廃墟、神殿が、プチ・トリアノンのイギリス式庭園に活かしたのでしょう。それが趣のあるピトレスク(ピクチュアレスク)な庭園は、ベルヴェデール (見晴台)、岩山、エスカルゴの丘、洞窟、そして愛の殿堂。
ユベール・ロベールの「洞窟」
(制作年数不明、ルーヴル美術館蔵)

Le Temple de lAmour-02

愛の殿堂 Le Temple de l'Amour
1778 リシャール・ミック

ヘラクレスの棍棒で弓を作るクピドのレプリカ
エドメ・ブーシャルドン (Edme Bouchardon)
ユベール・ロベール(1773-1808)は、1765年までローマに滞在し、パンニーニやピラネージの廃墟に影響を受け帰国し、1784年に宮廷の画家となっています。

フランスではユベール・ロベール以前に廃墟や古代遺跡、庭園、噴水を描いた画家はいなかったのでしょうか?いいえ、ポンパドゥール夫人に寵愛されたフランソワ・ブーシェ(1703-1770)がいるのです。ブーシェは農村の様子、家畜も美しく描き、貴族が農村で戯れている様子も描いています。

Francois Boucher. Landscape with a Temple and a Watermill. 1743

神殿と水車小屋のある風景. 1743
フランソワ・ブーシェ Francois Boucher


王妃の家、ビリヤードの家、私室のあった家、水車小屋、酪農小屋、農場とその別館、納屋、鳩舎、酪農仕込小屋、料理保温小屋に農場。この時代の農民達は、水車小屋、鳩舎、釜などの使用料も領主へ税金として納めなければならなかったのですが、これらの建物は領主のスティタスでもありました。

当時の農民の暮らしと税金を記事を、英国人アーサー・ヤングの日記から記事にしました。ブーシェの描いた水車小屋、鳩舎の作品を引用しています。

記事 マリー・アントワネット フランス紀行から

The Queen’s Hamlet

le Petit Trianon 1783-86年? リシャール・ミック


村のように、畑、牧場、家畜、水車小屋、釣小屋、鳩舎、農家風の家が造られました。ここには農民、牛飼い、庭師たちの家族も住んでいます。選ばれた農民たち。

貧しい家庭や未婚の母、その子供たちを住まわせたりするためにともいわれています。

チーズやバター、農作物はここに住む農民たちが収穫します。

ここには選ばれた何組かの農民一家のほか、小姓、お針子たち、紡ぎ女たちも営んでいました。(当時の紡ぎ女は独身女性でした。)

Les fabriques du Hameau

Les fabriques du Hameau (The Hamlet houses)
王妃の村里 (ル・アモー) 1783年 リシャール・ミック

ブドワール(私室)、 マルボローの塔と酪農小屋、水車小屋
料理保温室、鳩舎、衛兵ジャン・ベルシーの家、農場(1784-88)
1787-88年の飢饉は歴史に残ります。

「悲惨な収穫に終わった後ににおける最悪の時期は、常に翌年の初夏に起こった。このころに前年に収穫された穀物が底をついているのに、その年の実りはまだだからである」

Hameau (heliochromie), maison de la reine et maison du billard
 
La Maison de la Reine 1783 リシャール・ミック

右:「王妃の家」 食堂・遊戯の間、上階に大・小広間、中国様式小部屋
左:「ビリヤードの家」 地上階段にはビリヤード室、上階に小居室


また、農民からの納税が限界で、特権階級からも納税することになるのがルイ16世時代です。重税に苦しむ農民の負担を軽くするために、ルイ16世は財政改革を行います。そこにネッケルが登場します。

1776年にジャック・ネッケルは財務長官となりますが、王妃マリー・アントワネットとその寵臣、王党派に倹約をすすめたのちに罷免。

そして国費を費やしたのはルイ14世と15世。その浪費で窮乏している国を継がなければならなかったルイ16世。絶好の回復の機会が失われてしまったのです。

Marie Antoinette in a Muslin dress  Louise Vigée Le Brun

ガリア服のアリー・アントワネット ヴァージョン3
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン


この肖像画、ルブラン夫人の肖像画の中では好きな作品です。1783年にルブランの描いたモスリンドレスのマリー・アントワネット。シュミーズ姿スタイルの肖像画は王妃として不適切といわれました。

「この肖像画こそ、私が最も国民に見せたい姿なのです。」

古代ローマのガリア人が着ていた服。シュミーズの起源となったトゥニカ。ガリア人はフランス人のルーツ。そして平民を装った麦藁帽子とモスリンのドレスで。



プチ・トリアノン宮 ポンパドゥール夫人の離宮 1762-78年完成


ルイ15世は建築家のアンジュ.ジャック.ガブリエル(Anges-Jacques Gabriel)、装飾はオノレ・ギベール(Honoré Guibert)に依頼しました。

アッティカ Attique 最上階

La chambre du roi

The King’s Bedchamber
ルイ15世の寝室 1985年復元

Versailles, chateaux de Versailles et de Trianon

王の書斎 1777年 ルイ16世のために家具を納めてます

Lantichambre du roi

The King’s Antechamber(C) L'Internaute
王の控えの間


ここにはルイ15世以降、ナポレオン3世までの歴代の王妃、皇后のお部屋があります。くわしくはマリー・アントワネットの寝室でご紹介していますので、まずは写真から。



エリザベート王女小広間
Petit salon de madame Élisabeth

Petit salon de madame Élisabeth

1780年代のジュイの布の壁掛けとルブラン夫人の肖像画

madame Elisabeth


椅子はフランソワ・フォリオット2世(Francois Foliot II)の作品です。左のコモードは小会食の間にあった、ジャン・アンリ・リズネール(Jean-Henri Riesener)の作品と同じだと思われます。

過去記事 エリザベート・フィリッピーヌ・ド・フランス 「マリー・テレーズの回想」から



マダム・ロワイヤルの小広間 
Petit salon de madame Royale

Madame Royale


幽閉からフランスの王太子妃として戻ってきたマリー・テレーズは、ここに足を運ぶことがあったのでしょうか。

過去記事 マリー・アントワネットの娘 マリー・テレーズ王女の回想記録 1

sweet さんの記事 マリー・テレーズの意外な一文が!
マリー・アントワネット 記事紹介


 
マリー=ルイーズ皇后の化粧室 
Antichambre de Marie-Louise
室内装飾→Darrac François-Louis-Castelnaux (1775-1862)

 
マリー=ルイーズ皇后の寝室
Chambre à coucher de l'impératrice Marie-Louise

オルレアン公爵夫人の私室
Le Boudoir de la duchesse d’Orléans

Chambre à coucher de limpératrice Marie-Louise

(C)L'Internaute


ベッドのレリーフが見事です。この部屋の家具はマリー・ルイーズ皇后によって、1810年に室内装飾家のダラーク(Darrac François-Louis-Castelnaux)により納められました。

そして1837年からオルレアン公爵夫人の寝室になりました。

オルレアン公爵夫人のための「トワレ(トイレット)」が用意されました。ポンパドゥール夫人の使用していた写真と、当時のビデの歴史は記事 トワレとビデとガルデ・ア・ロー フランス編 から詳しく説明されています。ご覧くださいな。

1837 pour la duchesse dOrléans

1837年からオルレアン公爵夫人


この青いファブリックはオルレアン公爵夫人の時代からだったと思います。オルレアン公爵夫人はヴィクトル・ユゴーの庇護もしていました。


 
オルレアン公爵夫人の私室
Le Boudoir de la duchesse d’Orléans

グレーと薔薇色の大理石のある私室には、グリーンのランバ張りの椅子があり、2006年に修復されたようです。


 
ウジェニー皇后の広間
La salle Impératrice Eugénie

ウジェニー皇后はいつからマリー・アントワネットに思いを寄せるようになったのでしょうか。不思議だなって思います。

スペインからフランスに嫁いでから、アントワネットの遺品をコレクションをしていました。わたしだったら、まず避けようと思うのが断頭台で亡くなった王妃に関連するものです。

La salle Impératrice Eugénie

(C)L'Internaute


マリー・アントワネットは、フランスに嫁ぐときから暗示するような不吉がありました。

記事 王太子妃 マリー・アントワネット 4つの不吉

1867年のパリ万博で、ウジェニー皇后は、この部屋で、マリー・アントワネットの遺品展覧会を催したそうです。ご存知のように、ウジェニー皇后は追放されて平民として最後を送ることになりました。

彼女はアントワネットと同じように宮廷のファッションを華やかにしています。
記事 シャネル以前 宮廷のクチュリエ ウォルト

Salle de bain


この浴室のファブリックがウジェニー皇后の広間のものと同じような柄ですよね。膨大な資料からピックアップした写真ですが、どこのフロアーだったのかわからなくなった1枚です。

浴室にはマントルピース(暖炉)、ワードロープなどが備えられています。この写真は浴室のほんのの一部です。



2階 謁見の間 Les salles de réception
控えの間 Antechamber

Antichambre du Petit Trianon

 「薔薇を持つマリー・アントワネット」
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン


ルブラン夫人の王妃の肖像画です。うーん、どうも彼女の描く王妃の肖像画は好きになれません。ヴィジェ=ルブランが、ほかの人はどう描くのだろうと思い、王妃以外の肖像画の記事を書いています。

過去記事 エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン

植物模様の彫刻を施したのはオノレ・ギベール(Honoré Guibert  1720-1791)です。テーブルは1770年に制作。

Le Petit Trianon - Antichambre


このホガニーのコンソールの上にセーブルのディナー皿が陳列されています。中央がマリー・アントワネットがセーブルに注文した「真珠と矢車菊」です。

その両脇にはルイ15世がセーブルに注文したと思われるシリーズが並べられています。その納品は、その後マリー・アントワネットに渡ります。

Attributs et groseilles Sèvres 1763

Attributs et groseilles Sèvres 1763年
かわいい!ルイ15世が注文したセーブルのカップです。


プチ・トリアノンのセーブルの陶器については、「料理保温室」でご紹介します。

antichambre


扉は大会食の間に続きます。アントワネットと向き合う胸像は、たしかヨーゼフ2世とルイ16世ではなかったでしょうか?彫刻家のルイ=シモン・ブワゾ(Louis Simon Boizot )の作品であることは間違いないです。

扉の上の絵画は、ジャック=フィリップ・カレーム(Jacques-Philippe Caresme)の「テイアース(Théias)」です。

そして左側のコンソールは、ジャン・アンリ・リズネール(Jean-Henri Riesener)の作品です。1783年制作のスクレテールも納められています。それはルーヴル美術館に所蔵されています。


 
大会食の間 Grande salle à manger



(C)wiki 2007-03-30


マリー・アントワネットの胸像はセーブル陶器のものでルイ=シモン・ブワゾ(Louis Simon Boizot 国王直属彫刻家、セーブル王立工房彫刻部責任者)の作品です。革命中に破損し、1858年に復元されたそうです。公式な王妃の彫像としてフェリックス・ルコント(Félix Lecomte)の作品もあります。

家具はジョージ・ジャコブ(Georges Jacob)が手がけています。もともとランブイエ城に納めたものらしいです。

オノレ・ギベール(Honoré Guibert)のレリーフが施されたボワズリー(羽目板)。飾り武器文様と花や果実の花綱模様が装飾されています。ジャック=フランソワ・ドロプシが彫刻を施した濃青色の大理石のマントルピース。

Grande salle à manger du Petit Trianon

La Chasse, Jospeh-Marie Vien 1772
La Vendange ou le Triomphe de Bacchus,Noël Hallé 1776


Grande salle à manger du Petit Trianon

La Pêche, Gabriel-François Doyen, 1768-1774
La Moisson ou Cérès et le Triptolème, 1769


大会食の間には「釣り」(ジョゼフ=モーリス・ヴィエン)、「収穫に勝ち誇るバッカス」(ノエル・ハル)、「狩猟」(ジョゼフ=モーリス・ヴィエン)、「ケレス(セレス)とトリプトレモスの収穫」(ノエル・ハル)の4つの絵があり、「魚」、「葡萄酒」、「狩猟」、「収穫」をあらわした食にふさわしい作品が飾られています。

扉の上は、詩人オウィディウス(Publius Ovidius Naso)の神話の作品で、ルイ15世が注文しています。チャールズ・モネ(Charles Monnet)の制作です。チャールズ・モネは1785年にルイ16世とアントワネットの結婚を主題にした作品も残しています。

記事
王太子妃 マリー・アントワネット 4つの不吉


 
小会食の間 Petite salle à manger

Petite salle a manger du Petit Trianon
(C)L'Internaute
ジャンヌ・アントワネット・ポワソン デティオール夫人
ポンパドゥール夫人 1760 by カルル・ヴァン・ロー


ルイ15世が建てたプチ・トリアノン宮はポンパドゥール夫人のため。肖像画はここにあります。

1784年、マリー=アントワネットはこの部屋をビリヤード室にしたそうです。現在はもとの階下にビリヤード室があります。

写真の素敵な扉、そしてボワズリーのレリーフもオノレ・ギベールです。

Gilt fittings grace decorative double doors


実は私がもっとも興味があるのは、この「ドアノブ」です。この二つの「ドアノブ」を制作したのは誰なんでしょうか?

ランタンを制作したブロンズ職人のピエール=フィリップ・トミール (Pierre-Philippe Thomire)なのかしら?

レリーフはオノレ・ギベール(Honoré Guibert)です。

Jean-Henri Riesener Commode - Petite salle ・manger - Le Petit Trianon
 

このコモードもジャン・アンリ・リズネール(Jean-Henri Riesener)の作品です。胸像は不明。こちらと同じものがエリザベート王女の小広間にもあります。移動したのでしょうか。

鏡にはちらりと映っている肖像画があります。ディアナに扮したポンパドゥール夫人ですね。ナティエの描いた作品です。

記事 ジャン=マルク・ナティエ 肖像画 その2 ディアナ


 
2階 「王妃の居室」 The Queen's Apartments
付き添いの間 Salon de compagnie

Le salon de compagnie au premier étage du Petit Trianon orné de boiseries (Guibert). Piano-forte (1790, Pascal Taskin) et ensemble de sieges (1786, Georges Jacob).by wiki


ここの椅子は、1786年にジョージ・ジャコブ(Georges Jacob)が手がけています。サン・クルー城のマリー=アントワネットの寝室にある椅子は指し物細工師ジャン=バティスト=クロード・セネでしたね。

フォルテピアノはパスカル・タスカン(Pascal Taskin)で、1790年の制作になります。

Salon de compagnie du Petit Trianon-2


見事なランタン、壁掛け燭台は、鋳造、彫金はブロンズ職人のピエール=フィリップ・トミール (Pierre-Philippe Thomire 1751 — 1843)ではないかしら?と思います。この中央のランタンはラピスが使われています。スゴイ。

ダマスク織りのカーテン、インテリアのファブリックは、のちのフランス皇后ウジェニー(1826-1890)によって揃えられたようです。

Honoré Guibert


オノレ・ギベールはこの部屋のモチーフにバラの花冠を用いて、銀梅花の葉で2つの「L」を表し、3本のユリの花に交差させている彫刻を仕上げました。ユリはフランス王家の紋章。

George Cousineau,Gilles Paul Cauvet


音楽サロンの名のとおり、ハープはジョルジュ・クジノー(George Cousineau)が1780年に制作。そのハープの隣に楽譜台があります。こちらは装飾家のジル・ポール・コーヴェ(Gilles Paul Cauvet)の1779年の作品になります。



王妃の内殿 Cabinet des glaces mouvantes 

Ce petit boudoir de Trianon


建造技師のジャン=トビー・メルクラン(J. T. Merklein)が1776年に内装の鏡を設置しています。一方は壁にかかっています。

窓の下の鏡は床に置かれているだけではなく、可動式になっているもので、窓をふさぐことができます。この階下にその鏡が移動すすようになっているのです。

Ce petit boudoir de Trianon


1787年に、ルソー兄弟製作のアラベスク・スタイルのボワズリーを注文したそうです。この王妃の内殿の写が、プチ・トリアノンを象徴する「グリーンと白」の色彩が一番はっきりしいます。

階下の部屋はここをクリック→「glaces mouvantes



王妃の寝室 Chambre à coucher


家具はレプリカです。2008年頃でしたか?ピエール=アンドレ・ラブロードが指揮をとって改修していたのですよね。この部屋を「もとの状態に復元した」とあります。

1774年までデュ・バリー夫人、1777-89年がマリー・アントワネットでしたが革命後は、ナポレオンの妹ポーリーヌ・ボナパルト(ポーリーヌ・ボルゲーゼ Pauline Borghèse)、第二皇后マリー・ルイーズ(マリア・ルイーザ l'impératrice Marie-Louise)によってそれぞれ改装されたので、もとの新古典主義に帝政様式が加わったのです。

chaise et une salle de bain

アントワネットのバスルームと椅子
この椅子はトワレ


マリー・アントワネットはマリー・ルイーズの大叔母になるわけですね。家具は皇后マリー・ルイーズが揃えたようです。

アントワネットの寝室はマリー・ルイーズの化粧室として使用され、寝室は先にご紹介したアッティカです。

le Petit Trianon

le Petit Trianon 王妃の部屋 1885-1905

アッティカの部屋は、1837年にはオルレアン公爵夫人(La duchesse d'Orléans)が住み、マリー・ルイーズの様式をそのまま使用していたようです。

マリー・アントワネットの姪ルイ・フィリップ王妃マリー・アメリー(Marie-Amelie)はオルレアン公爵夫人エレーヌの義母です。

エレーヌは1837年にオルレアン公爵夫となっています。部屋の様子は先のアッティカの階からご覧ください。

Georges Jacob


かなり大きくご覧いただけます


Georges Jacob

「エピス」 ジョージ・ジャコブ(Georges Jacob)

椅子の作品名「エピス」はスパイス(香辛料)のことで、あるいは「麦の穂」と呼ばれているシリーズだそうですね。 枝にジャスミン、麦の穂、松ぼっくり、にユリ、スズラン、そして?山羊の足?とありました。訳に間違いがなければ。

Mobilier au épis de la chambre de Marie-Antoinette au Petit Trianon par G. Jacob (1739-1814), devant la cheminée

Mobilier au "épis" Petit Trianon


1787年にジョージ・ジャコブが納めたのがこのファブリックのものでした。椅子は同じ「エピス」です。
マリー・ルイーズは1811年にジュイの布「緑とメダイヨン」を購入していますが、このエレーヌは1837年に復元された黄色のダマスク織に変えています。この部屋は先にご紹介したアッティカにあります。

そうしてナポレオン3世の皇后ウジェニー(ウジェニー・ド・モンティジョ Eugénie de Montijo)は、1867年、アントワネットの遺品をこのプチ・トリアノンに集めたのです。

Chambre de la Reine au Petit Trianon


ここの家具はいくつかレプリカがあるそうですが、ほとんどがアンティークです。ファブリックはDesfarges à Lyon(デフォルジュ・リヨン)が複製したそうです。

壁側の鏡の下のコンソールはマリー・アントワネットがフェルデナント・シュワルドフェガー(Ferdinand Schwerdfeger)に依頼し1788年に納められました。

王妃はジャン=デモステーヌ・デュグール(1749-1825)にも家具を注文しているそうですが、作者不詳の右の小型家具(Petit meuble dans)でしょうか?この家具の正面の写真はwiki から。(窓から愛の殿堂が見えますね。)


 
中2階 (Mezzanine)  
ここは王妃がリシャール・ミックに改装させたところです。

図書室あるいは書斎(Library) 

La bibliothèque de la Reine

(C)L'Internaute

カバーは聖書で中身は恋愛小説だったという逸話がありましたね。



浴室(Bathroom)  オルレアン公爵のバスルーム こんな風にしたい。

La salle de bain du duc dOrléans

(C)L'Internaute


主席侍女室  カンパン夫人の部屋
記事 マリー・アントワネット 宮廷革命

Chambre de Mme Campan

(C)L'Internaute


女官室 大公妃ロール=オーギュスト・ド・フィッツ=ジェイムズ

Chambre de la dame dhonneur

(C)L'Internaute


ポリニャック伯爵夫人ランバル公妃はどのお部屋にとまったのでしょうか。


 
地上階 Ground Floor

大階段
衛兵の間

Ground Floor

(C)RMN
The Grand Staircase
The Guards’ Room


右側が大階段(The Grand Staircase)です。ルイ15世の頭文字が刻まれていた錬鉄と金メッキブロンズの手すりはフランソワ・ブロショワ(François Brochois)の作製で、1769年頃完成。その後マリー・アントワネットの頭文字に変わりました。そして壁の彫刻は1765年に完成されています。2階の窓と窓の間にはメドゥサの顔が彫刻されています。オノレ・ギベール(Honoré Guibert)の作製によるものです。

そして左が衛兵の間(The Guards’ Room)です。

Le Triomphe de l’amour, représentation à Schönbrunn par les archiducs Ferdinand, Maximilien d’Autriche et l’archiduchesse 、Il Parnasso Confuso, représentation à Schönbrunn par les archiduchesses d’Autriche

兄ヨーゼフの結婚祝賀の絵


右が兄ヨーゼフとイザベラの結婚祝賀で「愛の勝利」を踊るアントワネット。左は姉達のオペラ。クリストフ・ヴィリバルト・グルックによるシナリオです。画家はヨハン・ゲオルク・ヴァイケルト(Johann Georg Weikert)でオリジナルは1778年の作品です。それから10年を過ぎて、王妃が描かせたという2枚。

この作品は、私の過去記事でも使用しています。シェーンブルグ宮殿と同じものをヴェルサイユにも届きました。構図は同じで、少し色彩が違うようです。作品に関しては過去記事をご覧ください。

過去記事 マリー・アントワネットが愛したもの
過去記事 ハプスブルグ家 マリア・アントーニア

Versailles , le Petit Trianon, voiture a chevre du Dauphin Louis-Charles , futur Louis XVII-grand-voiture-chevres-dite-dauphin-fin-18e-siecle


警備の衛兵達が寝泊りしていた部屋なので、とっても質素です。いまはルイ16世、マリー・アントワネットの縁のあるものが置かれています。

王太子の山羊ひき乳母車ですが、ヴェルサイユにあるものと比べて花模様が可愛らしい。第二子のルイ・ジョゼフのために用意されたものだと思われますが、そのあと誕生したルイ・シャルルにも使われたのでしょうか。



料理保温室 Warming Room

Salle des armoires aux porcelaines au rez-de-chaussee


骨董品(アンティーク)、もしくはセーブル陶器がお好きな人は必ずこの場所に立ち止まるのではないでしょうか。

 Restored as Marie Antoinette


ここもピエール=アンドレ・ラブロードによって改装されたところです。三つのキャビネットにはセーブルのシリーズが納められています。

Salle des armoires aux porcelaines au rez-de-chaussée-3


こちらのモチーフのAttributs et groseillesシリーズはルイ15世が注文したセーブル陶器と思われます。1769年から収められたようです。


右のカップも同様ですが、左のカップはこの下のディナー皿と同じシリーズで、1782年に王妃マリー・アントワネットのもとに収められたようです。このモチーフ矢車菊のモデルはいくつかあります。


この左側の「真珠と矢車菊」のセットは、ロワイヤル・ドゥ・リモージュ社(Royal de Limoges)でレプリカを購入することができます。その「真珠と矢車菊」は、下のシリーズのものだと思います。右側は花とアラベスク模様のディナー皿ですが、こちらはルイ15世の注文だと思います。

perles et barbeaux

プチトリアノン 料理保温室にある「真珠と矢車菊」


料理保温室は実際の調理はおこないません。厨房は宮殿から離れた付属の建物内です。ここは運ばれた料理を温めるキッチン。

全体像はこちら。→「料理保温室


 
ビリヤード室 Billiard Room

 Archduchess Marie-Antoinette, reine de France 1779 Élisabeth Vigée-Lebrun

王妃マリー・アントワネット 1779年
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン


大理石のマントルピース(暖炉)の上に鏡とルイ=シモン・ブワゾの王妃の胸像(1781)。写真にはルイ・ジョゼフが誕生したときの国王一家と王族達の姿が描かれている集団肖像画。そのむかえに、ルブラン夫人の描いたこの「王妃マリー・アントワネット」の肖像画が掛かっています。

ルブラン夫人の王妃マリー・アントワネットの肖像画は、前年1778年にも同じ構図で1枚描かれています。ルイ16世の胸像が描かれていたもの。

この2枚を並べて掲載しているのが、過去記事「マリー・アントワネットが愛したもの」です。

billiards room-3


2階のマリーアントワネットの居室に、ルイ15世のビリヤード台を移したのは1784年のことで、現在はその以前の状態に復元しています。

そしてこの中央に簡素なビリヤード台が置かれています。このビリヤードのレプリカはあのシュビレット社(Chevillotte)によるものなんですね。

復刻されたビリヤード室。→「Billiard Room

そして珍しく国王ルイ16世とマリー・アントワネットが一緒に描かれている集団肖像画。ルイ・ジョゼフ誕生の作品。王族たちの姿も見えます。その小さな足元に手を触れているのがマリー・テレーズですね。

Louis-Joseph-Xavier-François, en 1781-82

王太子誕生を祝う王族 1781-82


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さて、つぎはフランス庭園にまいりましょう。


Les Jardins à la française  フランス式庭園


ルイ15世はポンパドゥール夫人にフランス式庭園をつくるようにすすめられたようです。そしてこのパビリオン(あずま屋)ですが、円形のサロンから4つの小部屋、私室、料理保温室、厨房、衣装部屋と続くようになっているのでしたね。

昔はこんな感じの円形のサロンでした。

Le salon du Pavillon Français

プチ・トリアノン フランス式庭園

Les Jardins à la française Le pavillon français


なんだか改装前のほうが、「廃墟」のイメージでよかったような気がします。ヴェルサイユ宮殿のHPから引用すると、「 ポンパドゥール侯爵夫人を連れたルイ15世は、植物庭園を散歩したり、あるいは隣の”涼みの間”で軽食を取った後にここで休息を取ったり音楽を鑑賞したりしたのでした。」とありました。

1750年に完成したこのパビリオン。1764年にポンパドゥール夫人は亡くなります。本当に「プチ」でも、プチ・トリアノンは壮大な年月がかかったのですね。

French Pavilion
(C)wiki
フランス式あずま屋 Le pavillon français


花壇の設計は離宮とおなじくアンジュ.ジャック.ガブリエル(Anges-Jacques Gabriel)、庭園はクロード・リシャールの指揮でつくられたそうです。

ここより小さな別館が「涼みの館」です。フランソワ・アンギエの2つの彫像があり、1810年に壊されたようです。そして1980年に立て直され、「涼みの間」と呼ばれています。

Le Salon frais

涼みの間 Le Salon frais


壊されたのはフランス革命後のことですね。フランス革命時に調度品は持ち去られたりしたようですから、実際のところオリジナルは少ないのかもしれませんね。

その後のナポレオンによって改装されて、ウジェニー皇后のおかげでアントワネットの調度品が戻ったというところなのでしょうか。


 Chapelle プチ・トリアノンの教会と礼拝堂

Chapelle - Jardins de Trianon 

Click Here


クリックしていただくと「礼拝堂」に変わります。ここはルイ15世の逝去の前の年、1773年に完成されました。ちょどフランス式庭園の南側に建っています。

祭壇の絵は、ジョゼフ=マリー・ヴィアン(Joseph-Marie Vien)によるものです。聖ルイ9世と妃マルグリット・ド・プロヴァンスが子供を授かるように聖ティボを訪れた様子を描いているそうです。


 Le Théâtre de la Reine  王妃の劇場

Le Theatre de la Reine Petit Trianon

王妃の劇場 リシャール・ミック 1780


麦藁などの板紙に描かれた背景。お芝居によって変わります。暖炉の農家、館の扉などなど。この劇場がとっても地味な建物の中です。その外観はポスターでも販売されています。

くわしくはこちらの記事をご覧ください。
過去記事 マリー・アントワネット テアトロマニーの時代


Le Jardin anglais Belvedere 
イギリス式庭園 ベルヴェデール

 

Petit Trianon Des sphinx


4つのスフィンクスに守られたベルヴェデール(1778-81)。ジョゼフ・デシャン(Joseph Deschamps)の作品と思われます。身体がライオン、そして美しい女性の顔のスフィンクスは古代ギリシャの神話に登場。ギュスターヴ・モローの作品にもあります。そしてやはりフランソワ・ブーシェの作品にも描かれていたのです。

Le Jardin Anglais le rocher et le Belvedere


最初に紹介しましたように、英国式庭園は自然の風景画なんですね。ベルヴェデール(見晴台)は八角形。この音楽堂は1777年にリシャール・ミックが設計し建てたものです。デシャンの彫刻で装飾。

Belvedere


内部は円形のアラベスク模様で、とっても素敵な図柄です。わたし、「愛の殿堂」より好きです。「愛の殿堂 Le Temple de l'Amour 」のクピド(キューピッド)の像(本物はルーヴル美術館)をつくったエドム・ブーシャルドン。

記事 私の時代 マダム・ド・ポンパドゥール

ポンパドゥール夫人の肖像画に彼の書物の1枚が描かれています。ブーシャルドンは密かにポンパドゥール夫人へ捧げたクピドだったのかもしれません。記事にも書いていますが、書物の下敷きになって描かれています。


 マルボローの塔と酪農小屋

La Tour de Malborough ou Tour de la Pecherie


フランス革命後の荒廃したプチ・トリアノンのアモーを救ったのは、マリー・ルイーズ皇后のためにジャコブ=デマルテルが室内装飾と家具を手がけた頃かもしれません。

この酪農小屋には、マリー・ルイーズのイニシャル入りの大理石のテーブルがあります。

laiterie, Hameau de la Reine


さらにルイ18世によって修復されてもいまが、すっかり無くなってしまっているのは舞踏室、納屋、鶏小屋だということです。

ルイ15世、ポンパドゥール夫人、デュ・バリー夫人(1762-68)からはじまり、マリー・アントワネットの「王妃のアモー」(1776-1783)、そしてマリー・ルイーズ皇后にウジェニー皇后と、プチ・トリアノンの女主人は変わりました。そうして、再びマリー・アントワネットの世界に復元されていくプチ・トリアノン。

フランスはフランス革命後も、何度も革命が起こっています。改革と復元の国、あるいは衰退と再生の国なのかもしれません。

フランス革命
フランス革命下の囚人たち
マリー・アントワネット タンプル塔
コンシェルジュリーでの元王妃
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エリザベート・フィリッピーヌ・ド・フランス
フランス革命下の一市民の日記 1792年 8月
フランス革命下の一市民の日記 1792年 9月
フランス革命下の一市民の日記 1793年 1月
フランス革命下の一市民の日記 1793年10月
ロベスピエール編 その1(1792年12月〜1793年7月)
ロベスピエール編  その2(1793年8月〜1793年12月)

フランス革命下一市民の日記 王妃処刑後
テルール(恐怖)のあと (1794年8月〜12月)
ジャコバン派独裁 恐怖政治編 (1794年1月〜7月)

フランス革命で国王一家にかかわった人々
マクシミリアン・ロベスピエール
オランプ・ドゥ・グージェ
フランス革命 革命裁判所 検察官 フーキエ=タンヴィル

フランス革命の思想の流れ
フランス革命200年 ディドロ
ルソーの妄想・空想・瞑想
パンテオンにおけるマラーとジャン=ジャック・ルソーとの大論争

フランス革命当時の著名人
ヴォルテールの遺骸
サド侯爵 マルキ・ド・サド
サド侯爵夫人ルネ・ペラジー

ロココのモード
シャネル以前 宮廷のクチュリエ ウォルト
ヴィヴィアン・ウェストウッド 画家 ヴァトーのドレス
| ヴェルサイユ | 05:05 | comments(2) | trackbacks(1) | pookmark |
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コメント
楓さま

あけましておめでとうございます。

思うところがあり、しばらくコメントを遠慮しておりました。失礼いたしました。

その後、すこしは落ち着かれましたか?

今回の記事、そして次の「アントワネット史」も拝見しました。

読みごたえがあり、たいへんおもしろかったです。

メルシー伯のすすめで、プチトリアノンを国王におねだりした時、国王は「あの離宮は代々、国王にもっとも愛された女性が受け取ってきたものです(大訳・フレイザー女史より)」と、言ったそうですね。

なんてロマンチックな告白!

そしてまた、例の散財がはじまるわけですが・・(汗)

私も、ガリア服の王妃の肖像、好きです。
生地の質感、ドレープの美しさ、リボンとの色のバランス、素直に「可愛い!」っておもいます。
要は、服が好きなんですね(苦笑)

でも、もし、マリア・テレジアの目にふれるようなことがあったら、送りかえすどころか、ぶん投げていたでしょうね(爆)


それから、マリア・イザベラの新しい肖像をアップしてくださって、ありがとうございました。
大きな弧を描く眉、穏やかな表情、表情ゆたかな優しい眼差し・・イザベラですね!

今年も楓さまの記事をたのしみにしております。

体調とのバランスをとりながら、おすこやかな一年でありますように!

| ふくちゃん | 2011/01/04 10:38 AM |

ふくちゃん、あけましておめでとうございます。

年末年始はいかがお過ごしでしたか。

マリア・イザベラをまたご覧いただけましたか!

本当はもっと肖像画があるんですが、幻滅しそうな作品も多く、私が個人的に「こうあってほしい」という我侭な選択でアップしています。(笑)

マリー・アントワネットの肖像画でルブラン夫人が描いた「薔薇を持つマリー・アントワネット」同様に、「ガリア服を着たマリー・アントワネット」もいくつかオリジナルのほかに、複数の注文をもらってコピーして描いているようです。

そうした作品はルブラン夫人の工房の弟子達の手も加わっているらしいです。

ヴェルサイユ宮殿、プチトリアノンのいろんな人物の肖像画はオリジナルの作品のほか、同じ作品を複製させたものが数多いらしいですね。

今回使用した「ガリア服のマリー・アントワネット」は、右手に花輪を持っていないタイプです。

薔薇を左手に、右手に花輪を持っているものの王妃の顔があまり好きではなくって。複数あるガリア服の肖像画の中で、私が一番お気に入りのガリア服の肖像画が私がアップした画像なんです。

ルイ16世は「「あの離宮は代々、国王にもっとも愛された女性が受け取ってきたものです。」と言ったのですね。

ルイ16世はこのように国王一家や国民、貴族達にも多くの感動する名言、よき言葉を残しているのですが、なかなか広まらなかったのでしょうか。あまり良い言葉が伝わっていませんね。

ルイ16世ほど「言葉」を大切に、また選んでお話しをした人は少ないと思いました。
| 楓 | 2011/01/05 11:51 AM |

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ルソーの妄想・空想・瞑想
明けましておめでとうございます。新年の書初めは「ルソー」から。ルソーは自然賛美者だ。だがそれは「自然に帰れ」、「自然回帰」というものと違う。 彼の自然とは「自然人」、「自然状態」を指す思想で、ルソーの「人間不平等起源論」を読めば理解できる。 つまりその
| RE+nessance | 2011/01/06 10:12 PM |