オフィーリア
2006.09.01 Friday
ロマンティック・バレエの素材にもなるシェークスピアですが、ハムレット、ロミオとジュリエットなど「シェークスピア・バレエ」と呼ばれています。アレッサンドラ・フェリのジュリエットは見事です。同性ながら惚れ惚れ。詩は有声の絵、絵画は無声の詩と言われるように、シェークスピアの各場面が絵画に描かれていくのです。ドラクロワ、ミレイが有名です。
「ああ五月の薔薇よ、かわいい乙女、やさしい妹、うるわしいオフィーリア。神よ、乙女の心が、老人の命と同じく、こうもはかなくても良いのだろうか。」
ハムレットは、義理の父に狂ったふりをしていましたが、その恋人であるハムレットによって父親を殺され(しかも間違って)、狂乱していくオフィーリア。1948年のジーン・シモンズが演じたオフィーリアの場面は、どの絵画よりも美しいのです。このオフィーリアは、近親相姦コンプレックスで、狂気は精神分裂症と解釈されています。
そして奇説のひとつに、父親の仇討ちをした叔父こそが実の父親であるという具合に、エディプス・コンプレックスをフロイトやエリオットも指摘しているように、互いにコンプレックスがあるハムレットとオフィーリア。

さて、「ああ五月の薔薇よ」と兄レアティーズが、薔薇にたとえながら妹の死を嘆き叫ぶ。そしてオフィーリアの葬儀のときに彼のハムレットは、髑髏を墓場で眺めていたのです。
この若くして可憐な乙女のオフィーリアは、絵画からご覧ください。

ハムレットとオフィーリアの恋を、レアティーズが菫に喩えています。
人生の春に開いた菫の花、早咲きだが
長続きしない、美しいが、すぐ萎む、束の間の慰め、
それだけのことだ。

愛するハムレットによって殺された父親を嘆き悲しみ、命を絶ったオフィーリア。悲しみのあまり狂乱したオフィーリアは花を摘んでいるうちに川へ転落します。

Queen (ハムレットの母 王妃ガートルードの言葉)
There is a willow grows askant the brook,
That shows his hoar leaves in the glassy stream.
Therewith fantastic garlands did she make
Of crowflowers, nettles, daisies, and long purples,
That liberal shepherds give a grosser name,
But our cold maids do dead-men's -fingers call them.
There on the pendent boughs her crownet weeds
Clambering to hang, an envious sliver broke
When down her weedy trophies and herself
Fell in the weeping brook. Her clothes spread wide,
And mermaid-like while they bore her up;
Which time she chanted snatches of old tunes,
As one incapable of her own distress,
Or like a creature native and indued
Unto that element. But long it could not be
Till that her garments, heavy with their drink,
Pulled the poor wretch from her melodious lay
To muddy death.

※左はミレイの「オフィーリア」からインスピレーションを得た作品
柳の木が一本川の上へ横にのび出て、その裏白を水鏡にうつしているところへ、あの子が来ました。きんぽうげ、いらくさ、ひなぎく、そして、はしたない羊飼どもが、下卑た名で呼びますが、清い乙女らは「死人の指」と呼んでいる紫の花などから作った花輪を手に持って来ました。そして、その花かずらを垂れさがった枝にかけようと、柳の木によじのぼれば、枝はつれなくも折れて、花環もろとも川の中にどーっと落ち、もすそは大きくひろがりました。それで暫くは人魚のように水の上に浮いてその間、自分の溺れるのも知らぬげに、水に住む水の性と合っているもののように、しきりに端歌を口ずさんでいましたとやら。でもそのうちに、着物は水を飲んで重くなり、可哀そうに、美しいしらべの歌の声が止んだと思うと、あの子も川底に沈んでしまい、無残な死を遂げました。
シェイクスピア/市川三喜・松浦嘉一訳『ハムレット』岩波文庫
裳裾はひろがり、しばらくは人魚のように川面に漂いながら、古い賛美歌を口ずさんでいた・・・。
さまざまな花に彩られ飾られたオフィーリア。無邪気に歌を歌いながら流されていく。
この流されていく川を、サリー ユーエルに近いホッグスミル川に選んだのが、ジョン・エヴァレット・ミレイ。中央にある絵ですね。モデルはエリザベス・シッダル。画家ロセッティの妻となる人です。



王妃ガードルートによって語られるオフィーリアの死は、第四幕第七場です。うえの2枚のアーサー・ヒューズ 「オフィーリア」がありますね。額縁の色、背景がすこし異なっていますが、どちらにも王妃の台詞が刻まれています。
松浦嘉一訳では「しきりに端歌を口ずさんでいましたとやら。」とありますが、古い賛美歌という訳もあります。日本で端歌というと、花柳界などで歌われる通俗雑多な歌のこと。
オフィーリアは、狂乱してから、卑猥な言葉や歌を口にしていましたから、このときも、そういった意を含んでいるのではないでしょうか。
さて、左がドラクロワ、右がジョン・ウィリアム・ウォーターハウス。ここで紹介したウォーターハウスのオフィーリアの3枚目。下卑た名で呼ばれ、清い乙女らは「死人の指」とよぶ紫の花が、このウォーターハウスが描くオフィーリアの下腹部にあります。Bletilla、つまり紫蘭のこと。白もあるのですが、紫で描かれているようです。花言葉は、互いに忘れない。
O, woe is me,
to have seen what I have seen,
see what I see!
「私が見たものを見た私、
私が見るものを見る私、
ああ、私って何て悲しいの!」
狂気のオフィーリア。摘んできた花を、兄レイアティーズに「これがローズマリー、私を忘れないでね。」、デンマーク王クローディアスに、「これがウイキョウ(追従)にオダマキ(不義密通)」、ガートルードに、「これがヘンルーダ(後悔)」と、それぞれの花言葉と重ねて花を渡していく。シェークスピアの魅力は、緩と急、転換と展開、韻文と散文にありますが、この花言葉。兄に渡したローズマリー。実はハムレットに渡したつもりという解釈があります。このとき、パンジーも摘んできているのです。「思考」という意ですので、ハムレットを象徴していると思っていました。女性が求婚者から「honeyflower」とパンジーを贈られたなら、それは「禁じられた愛を思う」という意味が、オフィーリアの台詞から引用されています。この時代の花言葉は、ギリシャ神話に基づいています。
また、シェークスピアでのパンジーの登場は、「夏の夜の夢」で「徒らかな愛」として意味づけしています。関連記事:憂いの画家/フェアリー・フェラーの神技/(お伽の樵の入神の一撃/リチャード・ダッド)
先にも記しましたジーン・シモンズですが、こちらからご覧いただけます。またThe Ophelia Pageは、オフィーリアの絵画の魅力を楽しめます。Harold Copping - Hamletは、シーンごとの絵画、ストーンなどのオフィーリアを拝見できます。絵画的なシェークスピアの物語は、こうして多くの画家達にインスピレーションを与えています。フランス・ロマン派の彫刻家プレオーの作品もあります。
John Austen (1922年)Ofelias
Jules-Joseph Lefebvre Ofelias
Auguste Preault(1876年)Ophelie, bronze bas-relief
ワッツ、ルドン他の画家達の「オフィーリア」は、こちらから。
ルドン「オフィーリア」 Odilon Redon,Ophelia
オディロン・ルドンの5枚のオフィーリアが掲載されています。
薔薇の花にも「オフィーリア」があります。ハイブリットティーローズのようです。Blue Moonさんからご覧いただけますよ。
2009年9月11日追記
オフィーリアと柳 Ophelia and the Willow Tree
こちらではあまり紹介されていない リチャード・レドグレイヴ(Richard Redgrave)の作品がごらんいただけます。大きくて迫力のある記事で読み応えがありました。


























