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スペイン・ブルボン朝 王女 マリア・ルドヴィカ

Infantin Maria Ludovica (1745-1792), Gemahlin von Leopold II  Schlos Schonbrunnスペイン王女マリア・ルドヴィカ。女帝マリア・テレジアの長男ヨーゼフ2世は、弟レオポルト2世の花嫁の肖像画をみて憐れんだといいます。

ヨーゼフ2世は花より美しいマリア・イザベラを娶るのですから。

ですが、なんと凛とした女性でしょう。

美男兄弟のヨーゼフと通称ポルトル(レオポルト2世)ですからお妃候補も多かったことでしょう。

とくに女性関係を賑わせたポルトル。初恋のエルディディと別れ、このルドヴィカと結婚政策によって挙式します。

Infantin Maria Ludovica (1745-1792), Gemahlin von Leopold II by Anton Raphael Mengs1764-1765 ところがポルトルが出会ってみると、愛らしく魅力的な性格。

ポルトルは彼女の類まれな優しさと賢さに信頼し、21年間に16人の子供を誕生させます。

ポリトルは一方で、踊り子リヴィア・ライモンディと愛人生活を楽しみます。

その愛人に対してもマリア・ルドヴィカは親切に接します。

結婚生活は波風が起こることもなく、誕生した王子たちは優れた業績を残す君主にまでなるのです。

女帝マリア・テレジアの栄華を継続させる結婚政策の成功が、このマリア・ルドヴィカだったのですね。

ハプスブルグ家の繁栄を約束させた長男誕生は、マリア・テレジアが隣接したブルグ劇場に駆け込み、民衆に跡継ぎができたことを声たかく叫び、告げたのですから。

The widowed Maria Theresa, Archduke Leopold and his wife Maria Ludovica together with two of their children, gouache


マリア・テレジアとレオポルド2世、マリア・ルドヴィカ 1768年
Schloß Schönbrunn - シェーンブルン宮殿


女帝マリア・テレジアと一緒に描かれているマリア・ルドヴィカ。16人の子を産み、跡継ぎを残す。当初の結婚では期待されていなかったと思われるマリア・ルドヴィカ。マリア・テレジアに似ているとすれば、おおらかなところなのでしょうか。

Maria Louisa and Peter Leopold with Children by Wenceslaus Werlin 1773 Abgebildete Personen: Kaiser Leopold II. Sohn des Franz I. Stephan Habsburg Österreich, Kaiserin Maria Ludovica di Carlo di Bourbon Sizilien, Erzherzogin Maria Theresia Tochter d. Leopold II. von Habsburg Österreich, Kaiser Franz I. (II.) Sohn des Leopold II. von Habsburg Lothringen, Großherzog Ferdinand IV. Sohn des Leopold II. von Habsburg Lothringen, Erzherzogin Maria Anna Tochter d. Leopold II. von Habsburg Österreich, Erzherzog Karl Sohn des Leopold II. von Habsburg Lothringen Österreich

1773年 マリア・ルドヴィッカとレオポルト、その子ども達
ヴァーツラフ・ワーリン(Wenceslaus Werlin)


マリア・ルドヴィッカ(1745-1792)は スペイン・ブルボン家から嫁ぎました。女帝マリア・テレジアの次男に。皇帝ヨーゼフの急死でレオポルド2世があとを継ぎ、息子のフランツ1世がまた後を継ぎ、ハプスブルグ=ロートリング家の始祖となったわけです。

Großherzog Pietro Leopoldo von Toskana mit seiner Familie im Hof des Palazzo Pitti, Florenz 1776 by Johann Zoffany Kunsthistorisches Museum, Gemäldegalerie Pietro Leopoldo (ab 1790 Kaiser Leopold II.), seine Frau Maria Ludovica, Tochter Karls III. von Spanien, und acht von insgesamt sechzehn Kindern sind im Cortile des Palazzo Pitti in Florenz dargestellt

1776年 マリア・ルドヴィッカとレオポルト、その子ども達 
ヨハン・ゾファニー ウィーン美術史美術館所蔵

作品は画廊画(収集室)ともいわれるルーム・イン・ルームでおなじみのヨハン・ゾファニー (Johann Zoffany)が描いています。

 画廊画 ウフィツィ美術館の特別展示室

オーストラリアにハプスブルグ家が定着して、現在のウィーン美術史美術館にあるコレクションは、レオポルト2世の母マリア・テレジア、兄ヨーゼフ2世も貢献しています。

その以前、マクシミリアン1世にはじまり、オーストリア大公レオポルト・ヴィルヘルムが大半を収集するんですね。ハプスブルグ家のコレクション、下記記事からごらんください。

ダフィット・テニールス 画廊画「レオポルト・ウィルヘルム大公の画廊」

彼女はレオポルド2世と結婚して、フランス王妃マリー・アントワネットの義理姉となったのです。アントワネットが自国の情報を夫のポルトルに内通する義理妹をみて、どう考えたのでしょう。

マリア・ルドヴィカは皇帝の妻としてふさわしく、つつましく、国を守る義務を果たす皇后として生きたのです。

Anton von Maron: Maria Ludovica with three of her children, oil painting, c. 1769

マリア・ルドヴィカと3人の子ども 1769年
Schloß Schönbrunn - シェーンブルン宮殿


マリア・ルドヴィカ(マリア・ルイーズ)の息子のフランツ2世は、急死したレオポルト2世の後を継ぎ、4人の妃と12人の子供を育てます。

追記
このフランツ2世が、フランス革命でレオポルド2世のピルニッツ宣言のあと、フランスから宣戦布告をされて、敗戦しますが、なんと在位40年!

記事 フランス革命下の一市民の日記 1792年の4月

ナポレオン1世に嫁ぐマリア・ルイーゼ、善良帝フェルデナント1世はフランツ2世と2番目の妻アリア・テレジアとの子供。

そしてエリザベート皇后の姑ゾフィーと結婚するフランツ・カール・ヨーゼフが生まれ、あのエリザベートを見初めた実質的に最後の皇帝フランツ・ヨーゼフが継承することとなるのです。

歴史って面白い。

Infanta Maria Ludovica of Spain and the two Sicilies Mengs, Anton Raphael

スペインと両シチリアのマリア・ルドヴィカ
アントン・ラファエル・メングス(Anton Raphael Mengs)
制作年数、所蔵先不明です。


マリア・ルドヴィカ・フォン・シュパーニエン(Maria Ludovika von Spanien 1745-1792)は、先に書いたように期待されずに1764年にハプスブルク=ロートリンゲン家のレオポルト大公と結婚しましたが、義理妹のフランス王妃マリー・アントワネットは違い、20世紀につなげて、このハプスブルク=ロートリンゲン家を繁栄させるために王子、王女を生み、育てたのです。

フランス革命で夫のピルニッツ宣言のあと、ポルトルは急死。そして同じ年に彼女も亡くなったわけですが、なんとなく、フランス革命に殺されたような気がしてなりません。

フランスの革命に飲み込まれたのはマリー・アントワネットではなく、王妃の血のつながった兄弟とその家族だと思ったりするこのごろです。
| ブルボン家 | 21:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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